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個性豊かな研究室を紹介します。

アイソトープ環境動態研究センター

高橋 純子 助教 TAKAHASHI Junko

~福島第一原子力発電所事故の環境影響評価~

 

 

研究センター紹介

私たちの研究センターは、2012年12月にアイソトープ総合センターと陸域環境研究センターの統合により設立されました。震災からの復興へ向けた数ある課題の中で、私たちはとくに事故により放出された放射性物質の長期的な環境影響の把握と環境中での放射性物質の移行過程の解明を目標に国内外の研究機関と連携しながら研究を進めています。

最近は、文部科学省の共同利用・共同研究拠点『放射能環境動態・影響評価ネットワーク共同研究拠点』として共同研究を実施しているほか、これまでに蓄積された研究データや貴重な環境試料のデータベース化【1】を進め、研究ネットワークの維持拡大に努めています。また、2016年からは大学院生を対象に原子力緊急時の環境影響評価や今後の課題である放射性廃棄物の処理・処分に資する教育プログラム【2】を展開しており、多くの学生が卒業後に関連の研究機関や企業で活躍しています。

IAEAでの海外実習(大学院特別プログラム)

事故から10年が経過し、学生と話していても少しずつ事故の記憶が薄れてきていることを実感します。一方で、世界を見渡せば福島第一原発事故を受けて原子力発電所の停止を決定した台湾やドイツ、ベルギーのような国もありますが、原子力発電所の数は依然増加しています。原子力事故は二度と起こってほしくないですが、必ず起こるものとして備えておく必要があります。有事の際にすぐに使えるようその技術と人材を繋いでいくことも、本センターの大きな目標であると感じています。

研究テーマ紹介

現在は、福島県の帰宅困難区域(浪江町)や旧計画的避難区域(川俣町山木屋地区)の森林土壌中の放射性セシウム動態について研究しています。放射性セシウムはナトリウムやカリウムなどの同じアルカリ金属の中でもとくに土壌に強固に吸着する性質を持ちます。原爆投下に続く核実験やチェルノブイリ事故により放出された放射性セシウムを調べた過去の研究から、土壌に沈着した放射性セシウムは表層5cmまでにそのほとんどが存在していること、一度土壌に吸着した放射性セシウムは降雨などではほぼ溶出されないことなどが知られていました。裏を返せば、土壌が放射性セシウムを強く固定していたからこそ、地下水や植物への移行が抑えられたと言うことができますが、全く動かないわけではありません。土壌中の放射性セシウムの挙動を把握することは、河川を通じた陸域での移行、植物への吸収や食物連鎖を通じた生物循環など、放射性セシウムの長期的な環境動態を解明する上で欠かせない情報です。さらに、土壌それ自体に放射線を遮蔽する効果があるため、表層5cmの中で放射性セシウムがどのように分布しているかは、空間線量率に大きく影響します。そのため、私たちの研究グループでは、スクレーパープレートと呼ばれる道具を使って、土壌を薄く剥ぎ取り、5mm間隔という詳細な深度分布のモニタリングを行っています(写真)。

スクレーパープレートを用いた土壌サンプリング

10年継続した調査から、森林のリター(落葉落枝)層から鉱質土壌層への移行は、高温多雨な環境のためか、チェルノブイリ事故後の報告よりも明らかに速いことが分かりました。その一方で、この10年間で10000mmを越える降雨があったにも関わらず、10 cm以下へ移行した放射性セシウムはわずか数%に過ぎないことも分かりました。土壌中の放射性セシウムの深度分布の変化は、降雨による下方浸透のほか、土壌水分を通じた拡散、土壌動物による撹乱や土壌の凍結溶解による機械的な混和などが要因と言われてきましたが、測定の難しさから未解明な点が多く残されています。今後は、この移行メカニズムに迫って行きたいと考えています。

また、チェルノブイリ原子力発電所事故を経験したウクライナとの共同研究も行っています【3】。事故から35年が経過し、周辺約30kmに及ぶ立入禁止区域内の空間線量率が低下してきたこと、原子炉を覆う新しい石棺が完成したことなどから、廃棄物処理施設の設置や指定保護地区の設定といった利活用を目指した立入禁止区域の再編が計画されています。ここ数年で立入禁止区域内の観光地化も急激に進んでいます。そのような背景のもと、立入禁止区域内で作物栽培を再開したときの作物への放射性物質の移行量や、それに伴う内部被ばく量を推定するために、いくつかの作物の栽培実験を実施しました。今後、福島でのデータとの比較などを行っていく予定です。

チェルノブイリ立入禁止区域内におけるポテトの栽培実験

 

土壌の魅力

私は、もともとは放射性物質の動態ではなく、土壌が専門です。土壌がどのように作られるのか、土壌の性質や分布にはどのような規則性があるのかを明らかにするペドロジー(土壌生成分類学)という分野を学んできました。そこで、最後に土壌の魅力と可能性をお話したいと思います。

日本にいると土壌はどこにでもいくらでもあるように感じてしまうかもしれませんが、実は土壌は淡水よりも遥かに量の少ない限りある資源です。世界中の土壌を平均すると地表のわずか1 m、さらにそのうち作物を育てることができる肥沃な土壌はわずか18 cmしか存在しないと推定されています。1 cmの土壌が作られるのに数百年かかるとも言われています。そして、土壌にはその場所で受けてきた何千年、何万年という歴史が刻まれます。つまり、同じものは2つと無い自然物だということです。ごく近い場所にあっても植生や地形などの環境が異なれば全く違う土壌になりますし、その場の環境や受けてきた歴史が似ていれば世界中どんなに離れていてもよく似た土壌が作られます。実際に、つくばの周辺だけでも間氷期に作られたとされる古土壌から、花崗岩を母材とする褐色森林土、火山灰を母材とする黒ボク土、そして大学建設という人の営みを強く残す造成土まで、多種多様な土壌を見ることができます(写真)。このような様々な土壌の分布や性質を整理し、土壌の管理や保全、土壌劣化からの回復に貢献しようとするのがペドロジーの目標ですが、単純に土壌一つひとつがとても個性的で美しく、「なぜここにこのような土壌が存在しているのか?」が理解できるととても楽しいです。なかなか土壌を1 mの深さまで掘ることはないかもしれませんが、露頭を見つけたときなど、ぜひよく観察してみてほしいです。

つくば周辺の土壌(左から、筑波山の古赤色土、褐色森林土、黒ボク土、筑波大学構内の造成土)

また、土壌は作物生産の要であるだけではなく、水を貯め、浄化し、洪水を和らげます。ある土壌から発見された微生物がノーベル医学・生理学賞につながったことは記憶に新しいのではないでしょうか。実際、地球上の微生物の約1/4の種は土壌の中に住んでいると言われていますが、そのほとんどは未知の種です。あまり知られていないことですが、有史以来の農地開墾により失われた(大気中に放出された)土壌中の炭素は、化石燃料の燃焼により放出された炭素量よりも遥かに多いと言われています。逆に言えば、土壌にはまだまだ炭素を固定できるキャパシティがあるということです。このように、土壌は実は地球温暖化をはじめ様々な地球環境問題を解決する可能性を秘めています。一方で、今回の原発事故のように一度汚染してしまったり、劣化してしまった土壌は元に戻るまでに途方も無い労力や時間が必要になってしまいます。ですが、土壌汚染や劣化の問題は遠い世界の話ではなく、私たち一人ひとりの僅かな行動で変わり得るものだと思っています。簡単なことではありませんが、教育・研究活動を通して土壌の重要性や可能性を伝えていきたいです。

 

参考ウェブサイト

【1】ERAN Database in Environmental Radioactivity and Environmental Dynamics

http://www.ied.tsukuba.ac.jp/database/

【2】筑波大学 原子力緊急時対応と放射性廃棄物処理・処分を支える高度人材育成事業

https://enep.ied.tsukuba.ac.jp/

【3】SATREPS「チェルノブイリ災害後の環境管理支援技術の確立」

http://www.ier.fukushima-u.ac.jp/satreps/index.html

 

 

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アイソトープ環境動態研究センター 放射性物質環境移行部門

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高橋 純子