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陸域生態学研究室/Terrestrial Ecosystem Ecology Lab

廣田 充 教授 HIROTA Mitsuru

植物が好きな人はいますか?手を挙げてください

これは、私が多くの期待と少しの不安が垣間見える新入生に必ず聞く質問です。

私が対峙するのは生き物や生物学が好きな学生のはずなので多くの挙手を期待するのですが、実際に挙手するのは多くても10人に1人程度という状況です。そう、多くの学生は、昆虫や動物、或いは分子生物学や脳といった精緻でミクロな分野に興味があり、どちらかと言うと地味で動かない(ように見える)植物にはあまり興味がないようです。植物生態学を専門とする私にとっては残念ですが、実は私も最初は植物に殆ど興味がありませんでした。

しかし、植物の生態や植物が地球環境に及ぼす役割を知るにつれて、自由に動けない植物の世界にハマり、今では陸上植物の生態と陸上生態系の炭素循環の研究をするに至っています。

陸上植物の生態ミステリー

植物園や花屋さんに行くまでもなく、私たちは世界中に色々な植物がいることを知っています。その大きさやかたちは多種多様ですが、共通の特徴があります。一つは、自由に動けないため、その場の環境に適した形や機能を持っていることです。もう一つは、エネルギー源となる有機物を自ら作り出せる独立栄養生物であるということです。

いずれも植物が長い時間をかけて獲得した特徴であり、私たち動物と比べるととてもユニークです。植物に関する研究は古くから行われており、今日ではこれらの特徴を含めて様々な事象が分子レベルまで明らかになりつつあります。しかし、植物の生態が全て詳らかに出来たかと言うとそうではありません。特に、実際の野外、フィールドでの植物の生態は未だ解らないことが多いです。というのも、植物は野外では試験管内に単体で存在するのではなく、他の生物もいますし、周辺環境も変化が大きく予測できないことも多いからです。さらに、植物の体の半分(場合によっては半分以上)は、私達は直接目にすることが出来ない土の中にあるため、植物の生態の完全な理解は容易ではないのです。

このように、未だ謎に満ちた陸上植物の生き様を理解することを目的に、私たちは野外で慎ましく、或いは逞しく生きる陸上植物を対象とした研究を行っています。具体的には、植物の生残や成長に直結する重要なプロセスである物質生産(エネルギー源である有機物をどうやって、どのくらい生産し、どのくらい消費しつつ成長しているのか?)とそれに深く関わる二酸化炭素(CO2)の動きに着目した研究を進めています。また個々の植物だけでなく、他の植物と一緒にいる状況、群集としてのふるまいにも興味があり、植物群集レベルでの研究も進めています。

植物群落のCO2交換速度計測のようす(2018年9月長野県カヤノ平ブナ林)

植物が駆動する生態系の炭素循環

私たちが、植物の生態の理解を目指すうえで物質生産に着目していることは先述の通りですが、この物質生産は、植物のみならず他の生物さらには生態系全体にとっても重要なプロセスです。その理由は、植物が作り出す有機物が、他の生物に利用されつつ最終的にはCO2に分解され、再び植物が有機物を作り出す循環、炭素循環の中心的役割を果たしているからです。このような背景のもと、私たちは植物が駆動する陸上生態系の炭素循環の研究にも力を注いでいます。陸上あれば世界中どこでも研究対象になり、実際に国内外の様々な陸上生態系で研究を行っています。

その中で私が個人的に最も力を注いできた研究対象はチベット高原(正式名称:青海チベット高原)です。平均標高4,000mを超える高地にあるチベット高原には、広大な草原や湿原、そして非常に高い山々が連なります。幸運にも私は、博士課程から15年以上もチベット高原での炭素循環研究に関わることができました。なぜ、わざわざ僻(へき)地で非常に不便なチベット高原で研究を行うのか、疑問を持つ方もおられるかもしれません。標高が高く、アジア大陸の中央に位置するチベット高原は、少ない降水が植物の生育期間に集中することに加えて、冬季は厳しい低温が長く続くという特徴があります。そのためチベット高原は、高標高にも関わらず植物の生産性が高く、かつ植物が作った有機物が分解されずに大量に土壌中に蓄積しており、世界的にも主要な炭素蓄積源として注目されているのです。

チベット高山草原の夏放牧地のようす(2008年7月)

チベット高山高原の植生限界付近での調査のようす(2010年8月)

チベット高山高原の夏放牧地での植生調査のようす(2012年6月)

また、チベット高原には、古くからヒツジ、ヤギ、ウマ、そしてヤクといった家畜や草食動物に利用されており、そういった動物を支える草原という重要な側面もあります。さらに興味深いことに、これらの動物による被食の影響もあって植物多様性が非常に高いという特徴もあります。もちろん、昨今の温暖化影響という深刻な問題からも逃れられません。

これらの背景から、私はチベット高原の炭素循環の把握と温暖化影響の予測を目的とした研究を行ってきました。もちろん、ベースはフィールド調査です。時には高山病で割れそうな頭を揺らしつつ半日以上歩いたり、真夜中の観測で野犬に追われたりしながらも、調査を共にした親友や現地の人々に支えられながら非常に貴重なデータと経験を得ることが出来ました。チベット高原で学んだ植物が駆動する炭素循環の実態やフィールド調査で得た多くの経験は、今でも私の研究生活の糧になっています。

最近は、日本国内の森林、草原、および島嶼生態系、或いは人の生活と密接に関わる半自然生態系に舞台にした研究が多くなりつつありますが、いずれの生態系でも植物の機能に重きを置いた炭素循環に関する研究を行っています。

おわりに

ここまで読み終えて、以前よりは植物や生態系の炭素循環、あるいはフィールド調査に興味を持ってもらえたら嬉しいです。手のひらに収まる小さなスマートフォンで容易に回答が出てくる世の中になりつつありますが、リアルな世界、フィールドには未だ未知が溢れています。自然はそう簡単に回答を出してくれない、だからこそ魅力的なのだと感じています。もちろん、研究は楽なことはないですし、延々と続く地味な作業もありますが、素晴らしいフィールドで多くの仲間と挑む未知への挑戦は、本当に楽しいものです。

植物の生きざまや炭素循環に関心を持たれた方は、気軽にHPをご覧になったり、遠慮なく研究室を訪ねたりしてください。

 

参考文献
・廣田充 (2018) 世界の屋根、チベット高原の広大な草原に迫る危機. 日本生態学会北海道地区会編 小林真・工藤岳責任編集. 生物学者、地球を行く〜まだ知らない生き物を調べに深海から, 宇宙まで, 文一総合出版.(分担執筆)
・廣田充(2018)第10章「栄養動態」, F. Stuart Chapin III, Pamela Anne Matson, Peter Morrison Vitousek著,加藤知道(監訳),生態系生態学第2版, 森北出版
・廣田充(2015)「温暖化に貢献しうるブナ林」森林環境2015:進行する気候変動と森林〜私たちはどう適応するか.森林文化協会 pp.48-58. 分担執筆)
・廣田充・広瀬大(2016)「アンデスの氷河後退域における土壌有機物分解と分解菌類群集」水野一晴編,アンデス自然学,古今書院 pp.143-153. 分担執筆)

 

毎年恒例、菅平実験所での毎木調査後の集合写真(2023年11月)

 

関連WEBサイト


陸域生態学研究室HP(https://www.tee-hirotalab.com/)
陸域生態学研究室FB (https://www.facebook.com/terraeco2009)

筑波大学生物環境学群生物学類WEBサイト:生物学類生によるページ「大学内に茅葺き建築!? 茅はレトロでイノベーティブ!!」

環境省WEBサイト:報道発表資料 令和元年度西之島総合学術調査の実施について
筑波大学山岳科学学位プログラムWEBサイト:テレビ放映のお知らせ サイエンスZERO「探検!火山島 ”西之島”」
筑波山岳科学センターWEBサイト:サイエンスZERO「探検!火山島“西之島”」(Eテレ)のお知らせ

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廣田 充