研究室にようこそ!

個性豊かな研究室を紹介します。

下田臨海実験センター
稲葉研究室

柴 小菊 助教 SHIBA, Kogiku

―海の生き物から細胞の毛のしくみを探る―

 

細胞の毛:繊毛と鞭毛

私たちのからだでは、さまざまな場所で細胞の毛がとても重要な働きをしています。気管では無数の繊毛が水流を作って、ウィルスなどの異物が体内に入り込まないようにしています。脳室、卵管、腎臓などにも繊毛は存在し、体内機能を維持しています。精子尾部の鞭毛は、精子が卵にたどりつくために不可欠な運動器官です。繊毛・鞭毛の内部は、軸糸と呼ばれる特徴的な9+2構造をもちます。この構造は、単細胞生物であるゾウリムシから私たちヒトに至るまで、真核生物において広く保存されています。私はこの美しい微細構造がどのような仕組みで運動するのかに興味を持ち、海産無脊椎動物を主な実験材料として研究をしています。

Aマウス気管繊毛、B ホヤ精子鞭毛、C ホヤ精子軸糸 スケール:5 µm, 20 µm, 100 nm

下田臨海実験センター

私が研究を行っているのは筑波キャンパスではなく、静岡県伊豆半島の先端、下田市に位置する下田臨海実験センターです。下田臨海実験センターでは生命環境系に所属する教員が研究・教育活動を行っており、学類生、大学院生がそれぞれの研究室で卒業研究や学位を取得するための研究を行っています。目の前には鍋田浜がひろがり、各研究棟、水槽に汲み上げられる豊富な海水により実験生物の維持、飼育が可能です。細胞生物学、発生生物学、生態学などさまざまな分野の研究室があり、国内外からの利用者も多く非常に活気のある研究センターです。自然豊かなフィールド、生物を利用した生物学類や大学院、他大学の実習も年間を通して開催されています。

筑波大学下田臨海実験センター前の鍋田浜と実験調査船「つくばII」

精子が卵に近寄る仕組み

精子鞭毛運動がどのように調節されているのかを理解するため、尾索動物カタユウレイボヤの精子を使って研究を進めています。カタユウレイボヤは岸壁などに固着し、鰓かごによって体内に海水を取り入れ濾過摂食を行っています。雌雄同体であり、明暗周期によって一斉に放卵放精します。海では多様な生物が体外受精を行っているため、精子は同種の卵に確実にたどり着くために卵から放出される誘引物質を利用しています。種特異的な誘引物質に対する精子走化性は、ホヤ類にかぎらず多様な生物でみられます。誘引物質を含む微小針先端付近の精子運動を観察すると、精子は誘引源から遠ざかるタイミングで鞭毛波形を劇的に変化させ方向転換します。鞭毛内部の9+2構造には、モータータンパク質ダイニンとその制御分子が一定の規則を保ちながら配置されています。これらの運動装置がどのようにして急速な鞭毛波形変換に対応しているのかを明らかにするため、走化性方向転換時の詳細な鞭毛波形解析、細胞内シグナルのリアルタイムイメージングなどの手法を駆使した研究を行っています。精子鞭毛や繊毛の運動は微小かつ高速であるため、正確な運動変化を捉えるのは困難です。私たちは、鞭毛・繊毛運動の解析に特化した顕微鏡撮影システムを構築し、波形解析ソフトなどを工夫することで、運動メカニズムの理解に迫っています。最近では単細胞遊泳の潜在能力から新しい知恵を見出す新しい研究プロジェクトにも参画し、ホヤ精子走化性遊泳パターンのアルゴリズムを理解すべく、流体力学、数学、物理分野の研究者たちとの共同研究も進めています。

Aカタユウレイボヤ、B 精子走化性遊泳軌跡、C 精子鞭毛内カルシウムイメージング

動物共通の運動調節因子カラクシン

カタユウレイボヤ精子運動装置であるダイニンやその制御分子は、私たちヒトを含む哺乳類の鞭毛、繊毛にも存在し、共通性も高いことがわかっています。カタユウレイボヤ精子鞭毛から同定されたカルシウム結合タンパク質カラクシン(Calaxin)は、動物共通の鞭毛・繊毛のカルシウム依存的なダイニン調節因子として機能しています。ホヤ精子では、カラクシンの機能阻害によりカルシウム依存的な精子鞭毛波形伝播が異常になり、精子走化性が抑制されることがわかっています。カラクシンの遺伝子を破壊したマウスでは、精子鞭毛・気管繊毛の運動異常、水頭症の発症など繊毛病と呼ばれる表現型がみられました。ウニ、ゼブラフィッシュにおいてもカラクシンは繊毛打の配向やダイニンの適切な配置において重要な役割を果たしていることが報告されています。私たちはホヤ精子においてカラクシンがダイニンのモーター制御をどのように行っているのか、波形形成、伝播におけるカラクシンの機能について解析を進めるとともに、動物に広く保存されているカラクシンが進化上どのように獲得されたのかについての研究も行っています。

さまざまな生物の繊毛・鞭毛

私が所属する稲葉一男教授が主宰する研究室では、ホヤ以外にもさまざまな海産生物を使って、細胞の毛の構造、機能、進化について研究を行っています。学生の研究テーマも多岐にわたっており、生物に特化した飼育や実験系を立ち上げています。それぞれの技術を習得するためには困難もありますが、毎日さまざまな発見があり皆さん楽しそうに実験を進めてくれています。数万本の繊毛を束にして虹色にきらめきながら遊泳するクシクラゲ、自身の遺伝情報を確実に次世代に引き継ぐため受精する精子以外に形態が異なる運動精子を新たに作り出す巻貝、微細藻類の多様な鞭毛運動など、「細胞の毛」に着目すると生物の多様な進化、戦略がみえてきます。真核生物が誕生し、生物が単細胞性だったころに獲得された繊毛・鞭毛が、複雑な多細胞生物である私たちの体内においても変わらず重要な機能を担っている理由について、海の生き物たちが教えてくれる基本的な構造や機能を手掛かりとして研究を進めています。

稲葉研究室メンバー

稲葉研の多様な実験動物(マガキガイ、カブトクラゲ、カレイ)

 


参考文献:

「毛 ―生命と進化の立役者」稲葉一男(著)/光文社新書
「太古からの9+2構造  ー繊毛のふしぎ」(岩波科学ライブラリー)神谷 律(著)/岩波書店

参考Webサイト:

筑波大学下田臨海実験センター稲葉研究室HP
筑波大学下田臨海実験センターHP
学術変革領域研究「ジオラマ行動力学」HP

 

研究者TRIOS


柴 小菊 SHIBA, Kogiku