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遺伝子組換え基礎技術開発研究分野

野中 聡子 助教 NONAKA Satoko

~植物への形質転換効率を向上させるアグロバクテリム~ 

 

アグロバクテリウム (Agrobacterium tumefaciens、根頭癌種病菌)という土壌中にいる細菌をご存知ですか?

 

アグロバクテリウムのは、栄養摂取方法はかなり独特です。オパインというアミノ酸を植物に合成させ、それを栄養源としています。まず、アグロバクテリウムは、植物ゲノムへオパイン合成酵素、植物ホルモンのオーキシンとサイトカイニンを合成する酵素の遺伝子を植物ゲノムへ挿入します。アグロバクテリウムにより挿入された遺伝子は、植物細胞中で発現しタンパク質(オーキシン合成酵素、サイトカイニン合成酵素、オパイン合成酵素)へ翻訳されて機能します。遺伝子が導入された細胞では、植物ホルモンのオーキシンとサイトカイニン、オパインが生合成されます。多量のオーキシン、サイトカイニンにより、組織は脱分化して、細胞は無尽蔵に増殖しカルスを形成します。アグロバクテリウムの感染により植物の茎などにできるカルス塊をクラウンゴールと呼びます。オーキシン合成酵素とサイトカイニン合成酵素遺が導入された細胞のゲノムには同時にオパイン合成酵素遺伝子も挿入されるため、クラウンゴールの中では、オパイン合成も同時に起こります。アグロバクテリウムは、無尽蔵に増え続ける組織であるクラウンゴールを植物上に形成し、その中でオパイン合成をさせそれを利用します。アグロバクテリウムは植物に自身の栄養源を合成させる工場を建設し、その中で効率的にエネルギーを得ている細菌と言えます。アグロバクテリウムに感染しクラウンが形成した植物、つまりは根頭癌腫病に罹病した植物は導管や篩管に影響が出始め、徐々に弱り長い時間をかけて、やがては枯死します。根頭癌種病に一度感染すると、植物自体を廃棄し、土壌燻蒸する以外に有効な手段はない状況で、バラ科の樹木やブドウなどに感染すると被害は甚大になります。

遺伝子組換え技術に活用されるアグロバクテリウム

アグロバクテリウムは根頭癌腫病の病原菌の防除という植物保護分野での課題を持つ一方で、植物育種分野では育種ツールとして利用されています。

前段で述べた通り、アグロバクテリウムの植物への感染機構の最大の特徴は、「植物のゲノムへ遺伝子を導入し、形質転換すること」です。アグロバクテリウムのこの能力が発見されたのは、1977年 でMaria Chilton博士によるものです。以来、40 年以上にわたってアグロバクテリウムが植物へ形質転換する仕組みに関する研究が熱心に行われています。

アグロバクテリウムはTiプラスミドというプラスミドを持っていて、その一部の領域が植物細胞へ運ばれ核の中にあるゲノムに組み込まれます。アグロバクテリウムから植物へ運び出されるTiプラスミド上の領域をT-DNA(transfer-DNA)領域と言います。野生型(すなわち病原性を持つ)アグロバクテリウムは、T-DNA 領域にオーキシン合成酵素遺伝子、サイトカイニン合成遺伝子、オパイン合成遺伝子が存在します。これらの遺伝子の代わりに、作物をよりよくするための形質(例えば害虫抵抗性や除草剤耐性など)を担う遺伝子へ置き換えて育種へ利用されています。

アグロバクテリウムが植物へ形質転換をすることが発見されて以来、40年以上たっていますが、アグロバクテリウムが植物へ形質転換する仕組みについては完全には明らかにはなっていません。どのようにT-DNA領域が植物細胞内を移動するのか、どのようにT-DNA領域が植物ゲノムへ導入されるのか、T-DNA領域が挿入される箇所についてなど多くの疑問が残っています。T-DNA 領域の植物細胞内の移動には、植物細胞輸送システムが大きく関わっていると考えられています。T-DNA領域がアグロバクテリウムから植物へ移行する際には、アグロバクテリウムの病原誘導性タンパク質(Virタンパク質:VirA-VirHまであるとされる)群が深く関わります。これらのタンパク質はT-DNA領域と一緒に植物細胞内へ移動しますが、植物細胞内へ移動するVirタンパク質が植物細胞内でどのように働き細胞輸送に関わるかについては不明な点が多いです。T-DNA領域は植物の核内まで運ばれて最終的には、植物のゲノムへ挿入されます。植物のゲノムへ挿入に際しては植物ゲノムの損傷のある部分に挿入されると考えられており、植物のゲノム修復機構の研究と関連して解析が進められています。また、これに関連し植物ゲノムの安定性という観点からも解析が進められています。T-DNA領域が挿入される箇所の特性については、クロマチン構造が大きく関わっていると考えられており、ヒストン修飾に関連して解析が進められています。

以上のようにアグロバクテリウムが植物へ形質転換するシステムを詳細に研究することは、植物細胞輸送システムや修復機構を含めた植物ゲノムの物理的特性の研究につながり、基礎生物学的にも大変面白いです。

アグロバクテリウムは植物へ形質転換しますが、全ての植物への形質転換が可能なわけではありません。アグロバクテリウムでは形質転換できない植物(特に作物や薬用植物など有用植物)も多数存在し、育種技術として利用する際の大きな課題になっています。この解消に向けて様々な取り組みがなされてきました。アグロバクテリウムの形質転換能力発見当初は、単子葉植物への形質転換は不可能でした。しかし、アグロバクテリウムの感染力を向上(vir遺伝子群の発現強化など)させることにより、現在ではイネやトウモロコシへの形質転換が可能になっています。このような努力を積み重ねても、形質転換効率が低い、あるいはほとんどできない植物種はまだまだ数多くあります。

様々な植物種へ形質転換を可能にするスーパーアグロバクテリウムの開発について

私は、形質転換効率が低い、あるいはできない植物種でも形質転換を可能にするシステムの構築を目指しています。アグロバクテリウムは、根頭癌腫病を引き起こす植物病原菌です。そこに何か秘密があるのではないかと考えています。植物病原菌が植物へ感染するとエチレン、ジャスモン酸、サリチル酸などの植物ホルモンやγアミノ酪酸(GABA)などのアミノ酸を生合成し抵抗性機構を誘導することが知られています。アグロバクテリウムの感染によっても、エチレン、サリチル酸、GABAが誘導されます。これらの物質を分解する能力をアグロバクテリウムへ付与し、植物の抵抗反応を抑制することで形質転換効率が向上する可能性があったので、エチレン前駆物質(ACC)分解酵素やGABA分解酵素をアグロバクテリウムへ付与することなどを試みています。開発したシステムによって形質転換効率が向上させることに成功し、開発したシステムは研究者に利用していただいております。適応できない植物はまだまだ多くあり、更なる改良が必要です。

現在は、そのほか植物の抵抗反応を抑制する仕組みをアグロバクテリウムへ導入することに取り組んでいます。また、T-DNA領域がどのように植物ゲノムへ導入されるかの解明にも取り組んでいきたいと考えています。また、アグロバクテリウムを使って新しい形質をトマトやメロンに導入することにも挑戦していきたいと考えています。

アグロバクテリウムがどうやってT-DNA領域を植物ゲノムへ組み込むのかについて興味のある方、なぜ形質転換ができる植物種とそうでない植物種があるのか興味のある方、植物への形質転換技術、ゲノム編集技術に興味のある方、ぜひ一度研究室へいらしてください。

 

エチレンやGABAがアグロバクテリウムへの抵抗性を誘導するので、それを抑制すれば、形質転換効率が上昇するのでは?

 

参考ウェブサイト


遺伝子実験センター/遺伝子組換え基礎技術開発研究分野

■筑波大学WEB>注目の研究:

植物への形質転換効率を向上させるアグロバクテリムの改良

■ 「筑波大学 新技術説明会」(2019年7月23日開催)YouTube

「植物への形質転換効率が向上するスーパーアグロバクテリウム」 

研究者総覧 TRIOS


野中 聡子

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[at]は@にしてください。