研究室にようこそ!

個性豊かな研究室を紹介します。

西田 研究室 

西田 梢 特任助教 NISHIDA Kozue

―生物の殻や骨から環境・生態履歴を読み解く―

我々の取り組んでいる研究は、未知の生物や新たな現象を発見するような研究ではありません。海辺で拾った貝殻、食卓に並ぶ魚の骨など、今そこにあるもの、ありふれたものにも、たくさんの情報が眠っています。我々の研究室では、貝類、サンゴ、魚類、両生類、有孔虫など、炭酸カルシウムやリン酸カルシウムからなる硬組織をもつ多様な生物を対象として、殻や骨格に記録された環境・生態情報を解読する研究をしてきました。このような生物の硬組織を用いて化学分析をすることで、我々は生物の生きていた時の環境を復元でき、また、顕微鏡で何百倍、何千倍に拡大して観察することで生物進化の痕跡を知ることができるのです。

貝殻のいろいろ

我々が環境復元のツールに用いている「安定同位体」は、同じ元素であるが質量数が異なる原子を指します。生物の硬組織の酸素同位体(質量数16、18の酸素原子:16O, 18O)の存在度は、酸素同位体比(δ18O, 18O/16O)といい、温度や水の同位体比によって変化します。このため、例えば、人間のような脊椎動物の骨や歯であれば、飲み水や食べ物の履歴が残っています。脊椎動物の骨の場合は骨吸収と骨形成を繰り返しているので連続的な記録は残っていませんが、貝類やサンゴは一生を通じて炭酸カルシウムの殻・骨格を作り続ける種が多く、数年~長いものだと数百年間の膨大な環境情報を追うことができます。生き物の硬組織から得た環境記録を用いることで、地球温暖化といった環境変動のモニタリングや将来予測に役立てたり、生物の生息環境から生態系保全のための環境基準の策定に役立てたり、あるいは過去に起こった生物の絶滅事変と環境変動の関係を検証したり、と過去から現在、そして将来の生物と環境の関わりの理解に役立てることができます。生物の殻の同位体比分析は、もともとは化石の分析のため、地球科学の分野で発展した分析手法ですが、現在では水産学や生態学、考古学など、多様な研究分野での融合研究が進んでいます。本研究室では安定同位体比をツールとして、二枚貝や頭足類の殻を用いた過去の環境復元、魚類の耳石を用いた温度履歴(回遊履歴)の復元、魚類や両生類の硬組織を用いた生態学的研究に取り組んでいます。

ドリルを用いたサンプリングの様子

西田(左)と技術補佐員の栗原さん

貝殻を用いた環境モニタリング法の開発 ~持続可能な水産資源利用のために

近年、地球温暖化や海洋の貧酸素化が深刻化しているため、環境観測によって海洋環境変動の地域特性を理解する必要性が高まっています。我々は、二枚貝の貝殻を活用した地球化学分析・成長線解析等の手法により、水温や溶存酸素濃度などの環境情報をモニタリングする手法の開発を行っています。貝殻には日々成長線が刻まれており、日スケールで成長の履歴を調べることができます。成長線によって時系列が分かる貝殻を元素・同位体比分析することで過去に遡った環境復元が可能になり、さらに、これまで観測機器を用いた環境観測の行われていなかった場所でも、貝殻から安価に環境履歴を抽出できるようになります。このような低コストかつ遡及型の環境モニタリング法は、沿岸域の環境管理・保全へ大きく貢献できるものであると強く期待しています。

現在取り組んでいる調査地の一つが三重県の英虞湾で、ここは真珠の生産地として有名なエリアです。真珠養殖に用いられているアコヤガイを用いて、水温変動や夏季の貧酸素のモニタリング方法の検証や、環境変動が貝類の大量死に与える影響の調査を進めています。

(環境総合研究推進費「温暖化・貧酸素化の適応策に資する二枚貝殻を用いた沿岸環境モニタリングと底生生物への影響評価」令和3-5年度、代表)

左写真:英虞湾と貝類養殖いかだ。右写真:英虞湾で真珠貝として養殖されているアコヤガイ

古生物学者、生き物を飼う

もともとは古生物の出身でしたが、生物の飼育実験に魅力を感じ、化石で観察された現象がどのような要因にコントロールされているかを検証するために、博士課程のときにはじめて飼育実験研究にチャレンジしました。生きている生物を使って環境制御した水槽で飼育し、貝殻の結晶形成が水温に制御されていることを世界で初めて実証しました。

環境問題が深刻化した将来、生物にどのような影響が見られるのかを検証するには、将来に予測されている環境を水槽内に再現した飼育実験によるアプローチが有効です。地球温暖化や海洋酸性化が海洋生物(二枚貝・サンゴ・魚類)の生存や成長にどのような影響があるのかを飼育実験により明らかにしてきました。このように様々な生物を対象とした飼育実験を実施して環境変化への脆弱性を検証していくことで、生態系保全や水産業など持続可能な生態系利用のための基盤的情報を発信していきたいと考えています。

環境問題は複雑化しており、多様なアプローチからの課題解決が必要です。自分の専門分野の技術・知識を磨きながら、さらに、様々な研究手法・融合研究に挑戦することで、様々な研究課題に取り組んでいきたいと考えています。

 

海洋酸性化実験に用いた貝類(中央写真:アカガイ、右上写真:クロアワビ、右下写真:ヒメジャコ(シャコガイのなかま))

大事なのは飛び込んでみること

研究を続けている中で、海外の研究室で在外研究をする機会にも恵まれました。グラナダ大学(スペイン)、チューリッヒ工科大学(スイス)、マインツ大学(ドイツ)など。

海外での生活を通じ、多くの方々と交流し文化に触れることで、自分を見つめなおしたり、新たな視点から物事を考えられるようになったりと、研究に限らず自分自身が成長できたと感じています。みなさんも是非機会を見つけて、海外での学びにチャレンジしてほしいなと思います。現在、国際学会の企画・運営に携わっていますが、コロナ渦でも学生や若手研究者の研究発表や交流の場を作っていけるよう、尽力していきたいと思います。

冬に訪れたマッターホルン、スイス

 

 

参考ウェブサイト


○ 環境科学学位プログラム/環境学学位プログラム

○ TSUKUBA JOURNAL 生物・環境(2020/05/12)

「貝類の殻・軟体部形成に関わる炭素源推定と海洋酸性化影響の評価 ―天然放射性炭素14を活用した安全な標識法の提案―」

○ 独立行政法人 環境再生保全機構/環境研究総合推進費(2021/2023)

「温暖化・貧酸素化の適応策に資する二枚貝殻を用いた沿岸環境モニタリングと底生生物への影響評価 (研究代表者 西田 梢)」


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