研究室にようこそ!

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中田・石川研究室

石川 香 助教 ISHIKAWA Kaori

研究室にようこそ! あなたの知らないミトコンドリアの世界

ミトコンドリアという単語そのものは、たいていの人が聞いたことはあって、何となく知っている。

「植物の細胞にある、緑のアレでしょ?」――いや、それは葉緑体です。
「じゃ、あれか、動物と植物の間的な…」――多分、それはミドリムシです。
「ん?じゃあ何だっけ?ミトコンドリアって?」
何となく知っているというのはだいたいこんな感じで、実際にはほとんど知らなかったりするものだ。
「いや、知ってますよ。エネルギー作ってるっていうアレでしょ?」――はい、正解。
でも、ミトコンドリアの真の姿は「エネルギー作ってるアレ」にとどまらない。

高校の教科書では、ミトコンドリアというと細胞質に浮かぶ楕円体のようなイラストで紹介されることが多い。二重膜をもっていて、内側の膜はうねうねと波打っていて表面積が大きいんです、などと習う。二重膜であるのは正しいが、楕円体であるというイメージは必ずしも正しくない。図1の写真はヒト由来の培養細胞のミトコンドリアを緑で、核を青で染色した蛍光顕微鏡画像だ。全然楕円体じゃないことが一目でわかるだろう。

図1

多くの細胞において、ミトコンドリアはこんな風に核を取り囲みながら細胞質中にネットワークを形成するように配置していて、しかもかなり活発に動き、くっついたり離れたりする。

本当はネットワーク状なのに、なぜ楕円体で表現されることが多いかというと、比較的最近まで、ミトコンドリアに限らず細胞小器官の構造は電子顕微鏡画像を元に“想像して”描かれてきたからだ。電子顕微鏡は光学顕微鏡では見えない微細な構造を可視化する優れた観察技術だが、基本的に物の断面しか観察できない。実際、培養細胞のミトコンドリアを電子顕微鏡で観察すると図2の写真のようになる。

図2

この断面図から、ネットワーク状のミトコンドリア像をいきなり連想するのは想像力逞し過ぎで、普通なら一つ一つが分かれた楕円体なんだな、と思う。そうしてイラスト化されたのが、教科書の楕円体のミトコンドリアなのだ。

このミトコンドリアは、高校で習うように生命エネルギーの実体であるATP[1]を非常に優れた効率で大量合成する細胞内の発電所である。しかし、ミトコンドリアのはたらきはそれだけではない。細胞の自殺といわれるアポトーシスはミトコンドリアを起点に始まるし、酸素を運搬する赤血球が含むヘモグロビンの主成分であるヘムの合成はミトコンドリア内で起こる反応が律速段階になっているし、性ホルモンをはじめ多くのホルモンの基本骨格であるステロイドの合成もミトコンドリアで始まる。好気呼吸の第二段階であるクエン酸回路はミトコンドリアのマトリクス内で起こるが、これは呼吸反応の途中経過であるだけでなく、様々なアミノ酸や脂肪酸などの代謝物が出入りする細胞内代謝の中心的反応でもある。

そんなミトコンドリアが正常に機能しなくなったら、大変なことになりそうだ、というのは容易に想像できるのではないかと思う。実際、ミトコンドリアの機能が低下することによって全身性の多様な疾患症状が現れることがあり、これをミトコンドリア病と総称している。ミトコンドリアの機能低下は、ミトコンドリアが独自に有するミトコンドリアDNA(mtDNA)の突然変異が原因である場合と、核DNAにコードされたミトコンドリア関連遺伝子の突然変異が原因である場合と、その両方が関係する場合があると考えられている。ミトコンドリア病の症状に関わる要素は突然変異以外にも複数あるとされていて、ミトコンドリア病の症状がなぜ、どのようなメカニズムで現れるのかはほとんど解っておらず、有効な治療法もない。

私たちの研究室では、特にmtDNAの突然変異に着目し、mtDNAに突然変異が起きると細胞や生体の機能にどのような変化が生じるのか、培養細胞やモデルマウスを活用して研究している。近年、ゲノム編集技術が飛躍的に進歩して核DNAの改変はかなり容易に行えるようになってきた。しかしmtDNAの人為的改変は今でもかなり難しく、mtDNAに突然変異を有するヒトミトコンドリア病のモデルマウスを作ることは容易ではない。しかし、ヒトの病態を正しく理解するためには患者さんと同じようにmtDNAに変異をもち、それが原因で疾患表現型を呈するモデルマウスの解析は欠かせない。私たちは、モデルマウスの樹立やその解析を通じてミトコンドリアの機能が細胞や組織においてどのような役割を担っているのかを理解し、ヒトミトコンドリア病の病態発症機構を解明することを目指している。マウスの樹立やその解析は非常に時間のかかる根気のいる研究だが、地道にコツコツと取り組んでいる。

脚注[1]Adenosine triphosphateの略で、日本語ではアデノシン三リン酸という。アデノシンという塩基にリン酸基が3つつながった分子で、リン酸基同士の化学結合の中にたくさんのエネルギーが蓄えられている。私たちが生きていくために必要なエネルギーはほぼ全てこのATPの化学エネルギーに依存していて、あらゆる生命活動に必須の重要な分子である。

 

参考ウェブサイト


研究室HP:中田・石川研究室

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