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糸状菌相互応答学研究室

萩原 大祐 准教授 HAGIWARA Daisuke

―麹菌が地球を救う!代替プロテイン研究―

 

食、社会、地球環境の今そこにある危機

2050年の地球の人口は100億人に迫り、現在の1.7倍の食料が必要になると予想されています。しかし、地球上で食料生産に利用できる土地や資源はすでに限界に達しており、森林伐採が続けば、地球環境は取り返しのつかない状況に陥ります。温暖化には歯止めが効かず、気候危機も今よりもっと激甚化するでしょう。「環境への負荷を減らし、温暖化効果ガスの発生を抑えつつ、食料を大幅に増産させる」これが地球上で生活する私たちが直面している難易度MAXの課題です。

中でも畜産業は、最も深刻な環境問題の一つとされています。家畜を飼育するために、多くの土地と餌、水が必要で、糞尿処理にも多大なコストがかかります。牛のゲップには多量のメタンが含まれており、温暖化効果ガスとして非常に高い負荷を与えています。また動物愛護や健康の観点から肉食を控える、ベジタリアンやビーガンも増加しているようです。このような背景から、畜肉に代わる代替肉に注目が集まり、近年開発が盛り上がっています。

現在市場に出回っている代替肉は、大豆を原料としたものが多くを占めます。肉の食味に近くて美味しい製品も増えていますが、独特の風味や肉様食感を得るための加工技術には、改良の余地が残されています。また植物由来であることから、栽培に広大な農地が必要で、収穫までに時間がかかります。今後の地球人口の増加分を一手に背負うには、地球環境への影響を考慮すると限界があるかもしれません。そこで注目を集めているのが、菌類によるマイコプロテインです。

菌類が地球を救うヒーローになる時、それは今

ここで言う菌類とは、菌糸を伸張させて生育する一群の微生物を指し、キノコもこれに含まれます。成長スピードが早いこと、菌糸が集まった菌体が繊維状の構造を持つことが特長で、代替肉素材として有望視されています。一般的に、タンパク含量が45~65%と豊富であり、必須アミノ酸やビタミン類を含み、栄養学的に優れた菌体バイオマスになります。また、閉鎖系で菌体を培養すれば、与えた栄養分のほとんどをバイオマスに転化できるので、不可食部や糞尿が出てくる植物や家畜と比べて非常に効率的に生産でき、廃棄物を少なく抑えられます。時間の観点からも、食料になるまでに大豆は数ヶ月、肉牛だと2年以上かかりますが、1週間ほどで済む菌類は非常に魅力的です。

世界ではこの数年の間に、複数のスタートアップ企業が巨額の資金を調達して、このマイコプロテイン事業を始動させています。大豆肉に続いて、培養肉が新たな技術として注目を集めていますが、菌類から作り出す“菌肉”が第3の柱として期待されています。欧米では、これらのスタートアップ企業により、今年のうちにも複数の菌肉製品が市場に出回る予定です。

ヒーローは私たちの手の中に

申し遅れましたが、私たちの研究室(糸状菌相互応答学講座)では、多様な糸状菌(菌類)を研究対象として、日常的に培養し、代謝物を分析し、顕微鏡で菌の様子を観察しています。糸状菌の生態や機能を分子レベルで詳細に理解し、微生物の潜在的な能力利用可能にすることが目標です。もう少し具体的に説明すると、食品を汚染したり人や植物に病気を起こしたりする厄介者の菌の制御法や、菌類に新たな有用物質を生産させる手法の確立につながる研究を実施しています。そして現在ですが、これらの研究テーマに加えて、菌肉の研究開発を新たに始動しています。

「菌類が地球を救う!」という可能性を知ったのは昨年のことです。このときに、糸状菌の研究者として、ただ指を加えて傍観するわけにはいかないという使命感を覚え、菌肉研究がスタートしました。地球を救うヒーローのお手伝いができたらスゴい!という色気が少しあったかもしれません。実現可能性について考えると、日本には、古くから醸造に用いられてきた麹菌があることに思い当たりました。その瞬間、可能性は確信に変わり、地球が救われる道筋が見えた気がしました。麹菌は古来より、日本の和食文化に欠かせない発酵調味料や酒類の製造に用いられており、2006年には日本醸造学会から「国菌」に認定された国を代表する産業微生物です。味噌や麹として口にしており、食経験のある麹菌は安心・安全が備わった絶好の菌肉になると考えられます。地球を救うスーパーヒーローは、すでに私たちの食文化に入り込んでいたのです。

図1 (A) 寒天プレート培地状で生育する麹菌の様子:種麹(胞子)を植えてから、1、2日でふわふわの白い菌糸が現れて、その後も大きく成長していきます。 (B) 液体培地の中で生育する麹菌の様子:種麹を植えてから次の日には菌糸の塊が目に見えるようになり、最終的には液体培地の中が麹菌の菌糸でびっしり埋まります。

魅せましょう、麹菌の底力を!

菌類による代替肉(菌肉)市場が一旦形成されると、次のステージでは、より優れた製品を次々に市場に投入できるかが鍵になります。世代時間の短い菌類は、動植物に比べて短期間で育種可能なため、魅力的な製品が次々に開発されるかもしれません。麹菌の場合、2005年にゲノム解読が完了しており、遺伝子機能や代謝に関する研究が精力的に行われました。これにより、麹菌を育種改良するのに必要な情報がすでに多く蓄積されています。例えば、GABAを高蓄積するトマトや、肉厚な養殖マダイなどがゲノム編集技術により製品化されています。同じように、機能を高めた麹菌を開発する場合、遺伝子や代謝の知見が豊富なため、どう改良すべきか狙いがつけやすく、ゲノム編集で新たな高機能の製品を短期にかつ継続的に生み出せると期待できます。麹菌がスーパーヒーローだと考える私たちの狙いはそこにあります。

 

図2 ゲノム編集により機能が高まった麹菌のイメージ図: GABAを菌体内に蓄積する麹菌(左側)と肉厚(?)になった麹菌(右側)

私たちの研究室では学内外の研究者と協力して、麹菌に改良を加え、より美味しい、より高機能な食品に仕立て上げることを目指しています(私たちはこれを麹肉と呼んでいます)。麹菌を代替肉の主役にする!というのは、現時点ではまだ壮大でチャレンジングな課題なのですが、向かうべき目標は明確で、研究手法もいたってシンプルです。培地成分や培養方法を検討し、菌体構造の観察や成分分析するというベーシックな実験から、ゲノム編集による代謝工学といった流行りの技術を取り入れることで、機能性の高い麹肉が実現する可能性が飛躍的に高まります。今回の紹介では地球環境に絞ってお話ししましたが、麹菌のポテンシャルを考えると人々の美容や健康に良い麹肉製品も生まれるのではないかと考えています。

図3 麹菌の菌体バイオマスからつなぎ材料を加えてフライパンで焼いた麹肉(写真撮影:生命環境系 粉川美踏先生)

僕の前に道はない、けれど

私たちはすでに走り出しています。目指す地点は見えていて、そこまでの道のりをどう進むべきかは探しながら探りながらです。ただ、同じ場所を目指している人たちが他にもいるはずで、皆が同じ方向を向いて進めば大きな道(メインストリーム)ができるだろうとワクワクしています。もしここまでの話で、麹菌の底力に魅せられて、未来の地球を救うヒーローのお手伝いをしたいと思った人(学生さん)がいたら、一度研究室へ見学に来てもらえればと思います。私たちと一緒に麹肉に関する研究やプロモーション活動をしてみませんか。きっと目の前で世界が広がっていくのを感じることができると思います。

 

 

参考WEB


その他の麹肉開発グループメンバー:

粉川美踏(食品工学:生命環境系)

浦山俊一(微生物生態学:生命環境系)

氏家清和(経営・経済農学:生命環境系)

大津厳生(応用微生物学:生命環境系)

 

糸状菌相互応答学研究室HP

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萩原 大祐(Hagiwara, Daisuke)