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生物圏変遷科学分野
/ 地史学・古生物学分野

上松 佐知子 准教授 AGEMATSU Sachiko

~前期・中期古生代の微化石相および海洋環境変遷~

 

私たちの研究室では、前期・中期古生代の海洋環境の復元を目指し、東南アジアを対象地域として研究を行っています。古生代には古い方からカンブリア紀、オルドビス紀、シルル紀、デボン紀、石炭紀、ペルム紀という時代が含まれますが、このうちオルドビス紀からデボン紀までを主な研究対象としています。この期間には、生命史上重要ないくつかのイベントが起きました。オルドビス紀中頃には、オルドビス紀生物多様化事変と呼ばれる後生動物の科・属・種の爆発的な放散が起こり、一方で同紀末には顕生代最初の大量絶滅事件が発生して多くの分類群が消滅しました。またデボン紀後期にも同様に大量絶滅事件が起きています。大量絶滅というと、6600万年前に恐竜類を絶滅させた白亜紀末の事件が有名ですが、それより3億8000万年も前に最初の大量絶滅事件が発生したことになります。時代が古いほど地質記録は少なく曖昧になり研究が難しくなるため、オルドビス紀やデボン紀の大量絶滅は、恐竜類の絶滅事件ほどには詳しいことがわかっていません。生物多様化事変についても詳細は議論中です。私たちは、東南アジア地域を覆っていた当時の海洋の環境と微化石を中心とした生物相を復元し、それを世界各地のデータと比較することで、絶滅と放散イベントを含めた古環境がどのように変遷していったのかを解明しようとしています。

微化石とは顕微鏡を使って観察する大きさの化石を指します。一般的に大型の化石よりも個体数が多く、海洋の広範囲に生息していたものが多いため、示準化石あるいは示相化石として使える分類群が多く含まれます。研究はまず、調査地域に分布する地層から微化石を抽出することから始まります。主要な目的は地層の年代決定です。露頭があれば岩相の変化を細かく追うことが可能ですが、それらの地層の年代がわからなければ、砂岩がいつ泥岩に変化し、泥岩がいつ石灰岩に変化したのかがわかりません。私たちは微化石を用いてそれらの年代を明らかにし、岩相とそこに含まれる化石相の変化のタイミングを推定します。これを他地域の変化と比較することで、その変動が局地的なものなのか汎世界的なものなのかを判断することが可能になります。微化石はまた、環境そのものを教えてくれることがあります。時代や分類群によって、その化石の生息場が沿岸か遠洋か、浅海か深海か、あるいは温暖域か寒冷域かが明らかな場合があるためです。これらのデータから総合的に判断して、研究対象の地層がいつどこでどのように形成され、その地層を載せている大陸地塊が地球上のどのあたりに位置していたのかを復元していきます。私は微化石の中でも特にコノドントと呼ばれる絶滅動物の化石を研究に用いています(図1)。

図1

コノドントはカンブリア紀から中生代三畳紀までの間地球上に広く生息し、優秀な示準化石として知られていますが、特にオルドビス紀末とデボン紀後期の大量絶滅を生き延びていますので、これらのイベント時の地層を調べるのに大変適しているのです。これまでに主にオルドビス紀中期から後期の東南アジア地域の古環境を復元し、現在はオルドビス紀前期とシルル紀、デボン紀の環境変動について取り組んでいます。

ほかの自然科学と同様に地質学や古生物学でも、研究とはある課題について仮説を立て、それを検証していく作業ですが、そのためには当然拠り所となるデータが必要です。上で説明したように時代が古いほど地層や岩石に含まれる情報が少なくなっていきますから、使えるデータを見逃さないことが肝要です。例えば野外調査の際に露頭で取集する情報もその一つです。露頭を構成する岩石は何か、それぞれがどのくらいの厚みで、どんな粒子と化石を含み、どんな堆積構造を持っているか、それぞれの岩石が互いにどのような関係で接しているか、わかる限りすべて記録します。そのような情報を見逃さなければ、一見何でもないただの崖から驚くほど多くのことがわかります。地球学類の学生には、足元に転がっている小石を一つ拾ったとき、それに名前を与え、どんな場所で形成されたのかを推測できるようになりなさいといつも言っています。

私たちは年に一回のペースでタイやマレーシアに出掛け、現地の地質調査所の協力を得て野外調査を実施しています。特にタイ南部からマレーシアは熱帯ですので毎日スコールに降られますが、温かい雨に濡れて普段の暑さが一時和らぐのも楽しい時間です。調査する露頭は様々な場所にあり、ジャングルの中、道路の切り通し、ゴムやアブラヤシのプランテーションの中、炎天下の石灰岩鉱山、乾季に干上がった川底、または無人島の海岸の場合もあります。無人島の調査ではボートをチャーターして島を一周巡りつつ、ボートが近寄れる足場を探して崖に飛び移り、岩石を採取しています(図2、3、4)。

図2

図3

図4

日本で実施する野外調査も大変楽しいものですが、東南アジアでの調査もまた違った面白さがあり、いつも楽しみにしています。残念ながら昨年から海外との往来が禁止されていますが、いずれまた状況が改善し安心して調査に行けるようになることを願っています。

 

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