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筑波大学土壌環境化学研究室

田村 憲司 教授 TAMURA Kenji

~北東アジア乾燥地の草原生態系保全から土壌環境教育の推進まで~

北東アジア乾燥地の草原生態系保全について

モンゴルでは、1990年代、民主化以降、家畜頭数が増加し、2000年代になって過放牧による草原の荒廃が顕在化してきました。草原が荒廃しはじめると植物現存量が減少し、イネ科草本(Stipa属)が優占する草原からヨモギ(Artemisia属)の優占する草原へと退行し、さらには、裸地化していきます。

草原土壌の表層には、草原のイネ科植物の根が密に分布していて、根のまわりには、ふわふわな丸みを帯びた団粒と言われる土壌動物や植物の根によって形成される団粒構造が発達しています。この団粒構造は柔らかく、植物の根系の発達を促すだけでなく、土壌中の隙間、つまり土壌孔隙量が多く、保水力も高くなっています。しかし、草原の退行とともに、土壌が圧密化して土壌表層から硬くなり、壁のような構造になり、また、無構造化して、侵食されやすくなってしまいます。植生の荒廃とともに、土壌も劣化し、土壌構造が無構造化して、風食しやすくなり、やがては、砂漠化してしまうのです。

2001年以降、中国内蒙古自治区やモンゴル国において、草原生態系の土壌を調査し、モンゴルの気候や過放牧が土壌環境にどのように影響しているか、荒廃している土壌を回復させるには、どのような方法があるかについて研究しています。また、モンゴル国の最東部のドルノド県の厳重保護地域を調査した結果、モンゴル国東部の土壌は、世界のどこにもない非常に肥沃で全く劣化していないすばらしい土壌であることがわかりました。


草原が荒廃し裸地化した地域の砂嵐(モンゴル国ゴビステップ)

この地域を保護し、世界遺産として残すことは我々の責務であると思っています。かつて、モンゴル国営テレビにて上記のことを強く訴えました。その結果、モンゴル国政府が東モンゴルの草原地域を国立公園に指定する動きとなりました。日本とモンゴル国の草原生態系の研究者が専門的知見に基づき、強く主張し続けた結果、モンゴル政府も東モンゴルの草原生態系保全の重要性に気づいてくれたのだと思いました。国際共同研究の重要性を改めて実感した次第です。


モンゴル国東部の厳重保護地区での保護された草原

また、この十数年に亘ったモンゴル草原生態系調査の集大成として、Rangeland Ecosystems of Mongolia を出版しました。この本は、英語およびモンゴル語により書かれていて、モンゴル国に分布する北から南までの放牧地生態系の植生や土壌について、その詳細が記されています。


Rangeland Ecosystems of Mongolia (2018)

土壌環境教育の推進について

土壌を研究対象としている学問として、土壌学(pedology)があります。土壌学における土壌は、「地殻の表層において岩石・気候・生物・地形ならびに土地の年代といった土壌生成因子の総合的な相互作用によって生成する岩石圏の風化生成物であり,多少とも腐植・水・空気・生きている生物を含みかつ肥沃度をもった,独立の有機−無機自然体」として,定義されています。この定義こそ、土壌を歴史的自然体、すなわち、土壌体としてとらえたものです。土壌は,風化作用とともに土壌生成作用によって,生成され、土壌生成作用を受けた土壌は,土壌断面(soil profile)に層を分化させ,土壌独自の形態(土壌断面形態)を持つようになります。この土壌断面形態を認識することから土壌の理解が始まります。一般には、土壌は平面的で、どこにでも存在するもの、掘り返しても、造成しても変わらないものとして認識されていますが、それは、土壌を、土壌体から切り離した土壌物質として捉えているからに他なりません。


モンゴル国ツーメンツォグトの土壌断面(カスタノーゼム)

土壌は、非常に長い時間かかって、生物的作用により地表に生成するかけがえのない天然物(歴史的自然体)であるため、太陽系の惑星の中では、生命の生存している地球にのみ存在するものなのです。その地表の非常に薄い皮の部分が土壌であり、生態系の基盤としての機能を持っています。土壌がなかったならば、人類をはじめとして、陸上のほとんどの生物は生存できないですが、そのことを、ほとんどの人が実感していません。それは、前述したように、ほとんどの人が土壌を土壌物質としてしか、土壌を認識していないからなのです。土壌体としての認識に変えるためには、どうしたらよいのでしょうか?その答えは、土壌の横顔(断面)を観察することです。それで、私たち土壌学者は土壌学の普及、ペドロジーの普及、つまり、土壌の環境教育を推進しなければならないとして、そのことを、主張し続けているのです。

私たち土壌環境化学研究室が中心となって、土壌の観察会を開催して、すでに30年近くになりますが、土壌の観察会では、露頭や山道わきの切通しなどを利用して、土壌断面の観察を行っています。子供たちに、上の層(A層)と下の層(B層)の硬さや、土壌構造の違い、色の違いを観察させて、土壌断面を肌で実感させます。土壌断面をさわった感触は生涯忘れることができないほどの強烈な印象を与えます。土壌、とくに、表土(O層とA層)の大切さ、土壌はかけがえのないほどの私たちの遺産であることを実感させるのです。


三宅島での土壌の観察会(落ち葉をめくってみよう!)


福島県いわき市での土壌の観察会(土壌断面を観察しよう!)

2011年3月11日に起きた東日本大震災直後の原発事故後、ようやく、福島県内の公民館などで光る泥だんご作りなどのプログラムを中心にして、土壌の観察会を実施できるようになりました。この原発事故後、さらに、土壌の大切さをいかに伝えていけばよいかが課題となっています。この原発事故以降、日本人は、土壌の安全性について非常に敏感になってきています。土壌の大切さ、土壌保全の重要性、土壌についての正しい知識の普及を、今こそ、推進していかなければならないと感じています。

土壌が大切であり、かけがえのないものであるという心を、子供たち一人一人に育んでいったときに、日本の未来は変わるに違いありません。そのためにも、私たちが土壌を大切に思う心の種子を子供たちに蒔いていかなければならず、社会へ果たす役割は非常に大きいと思うのです。

参考文献


永塚鎭男(2014)「土壌生成分類学 改訂増補版」養賢堂

日本土壌肥料学会土壌教育委員会ホームページ http://jssspn.jp/edu/

日本土壌肥料学会土壌教育委員会編(2015)「土壌の観察・実験テキスト
―土壌を調べよう!―」http://jssspn.jp/edu/archive/2006textbook4web.pdf

日本土壌肥料学会土壌教育委員会編(2009)
「土をどう教えるか ―現場で役立つ環境教育教材―」古今書院

日本土壌肥料学会編(2002)「土の絵本1土とあそぼう」農文協

日本ペドロジー学会ホームページ http://pedology.jp/greetings.html

田村憲司:モンゴルにおける土壌の開発と保全.国際農林業協力,40:19-24,2017.

田村憲司 黄砂発生域の土壌.pp.20-26, 鳥取大学乾燥地研究センター監修:
黄砂 -健康・生活環境への影響と対策.丸善出版,pp.150, 2016.

田村憲司・三好凖平: 土壌の劣化. 155-164. 藤田昇, 加藤聡史, 草野栄一, 幸田良介編:
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田村憲司・高橋純子: 土壌教育における放射能教育,日本土壌肥料学雑誌,87:49-53,
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