~植物分子細胞生物学研究室~
2020年度日本植物バイオテクノロジー学会技術賞受賞 「植物における一過的タンパク質大量発現システムの確立」
三浦謙治1、星川健1,2、江面浩1
1筑波大学つくば機能植物イノベーション研究センター
2国際農林水産業研究センター
この度、日本植物バイオテクノロジー学会(旧日本植物細胞分子生物学会、7/1に名称変更)の2020年度技術賞を受賞いたしました。日本植物バイオテクノロジー学会は、植物を取り巻く科学技術が急速に発展する昨今、基礎から応用まで植物の広範囲な分野での新たな技術を用いた研究開発を目指す学会であり、その学会において技術賞を受賞できましたこと、非常に光栄に思っております。
本技術賞の対象となりましたのは、植物細胞においてタンパク質を大量に生産できる技術を確立したところにあります。本技術を「つくばシステム」と名付けておりますが、その特徴として、以下の2点です。
1.ベンサミアナタバコにおいて世界トップクラスの収量(4mg/g新鮮重)を達成することができ、この量は大腸菌などの異種タンパク質発現システムに匹敵します。
2.つくばシステムはベンサミアナタバコのみならず、ナス科、ウリ科、マメ科、アブラナ科など様々な植物においても一過的にタンパク質を発現させることが可能です。
植物でタンパク質を作ると聞くと、遺伝子組換え植物を作るから目的のタンパク質を得るまでに時間がかかると想像される方が多いかと思います。一方で、アグロインフィルトレーション法とよばれ、一過的にタンパク質を発現させる方法があります。アグロインフィルトレーション法とはアグロバクテリウム溶液をシリンジ(ビデオ1)あるいは真空ポンプにて細胞間隙に充填させます。アグロバクテリウムはT-DNAとよばれるDNA領域を植物細胞核内に送達することができます。つまり、細胞間隙に入ったアグロバクテリウムから植物細胞核内にT-DNAが送達されます。このT-DNAに目的の遺伝子が発現できるように、発現カセットをもたせておけば、植物核内に到達した時点で、目的遺伝子のRNAが作られ、それをもとにタンパク質が翻訳されます。このアグロインフィルトレーション法は以前から行われていた手法で、一過的タンパク質発現方法としては良く使われている方法です。今回、この一過的タンパク質発現に用いられるベクターに改良を加えることで、非常に大量のタンパク質を作製できる方法を確立させました。改良に至った方法ですが、ジェミニウイルスとよばれる植物DNAウイルスの複製システムと、発現カセットに用いられているターミネーターを2つつないだ、ダブルターミネーターにしたことで、非常に高い発現量を示すことにつながりました。GFP(緑色蛍光タンパク質)を指標とした収量でベンサミアナタバコにおいて約4mg/g新鮮重を3日間で達成できました(図1)。収量4mg/g新鮮重といっても、あまりピンとこないかもしれませんが、大腸菌などの異種タンパク質発現システムと比べても遜色ないレベルでタンパク質を生産することが可能です。つくばシステムを現存で収量が高いと言われているmagnICONシステムと比較した場合、magnICONシステムよりも短期間で約4mg/g新鮮重を達成することが可能です(図1右)。
図1、左)ベンサミアナタバコにて緑色蛍光タンパク質(GFP、矢尻で示すバンド)を発現。 右)つくばシステムとmagnICONシステムの比較。GFPの蛍光。(Yamamoto et al. 2018より改変)
アグロインフィルトレーション(動画)
このことは、植物細胞における一過的タンパク質発現システムとして、本システムは世界的にトップクラスの発現量を示すことにつながります。
それでは、このシステムでどのような使い道があるかが大事なところで、現在、その事例構築を行っています。タンパク質を大量に作製可能という点では、いくつかの利点が挙げられます。例えば、目的遺伝子の機能解析を行う際に、タンパク質がどのような活性をもつかということを調べることは非常に大事な研究となります。これまでにいくつかの改良を加えることで、大腸菌といった異種タンパク質発現システムで発現が困難であったタンパク質も、当システムを用いることで発現できるようになった例(図2)もあります。
図2、大腸菌での発現が困難なタンパク質をつくばシステムで発現させた例。
そのため、遺伝子機能解析のためにつくばシステムを用いた共同研究を展開しております。また、現在、医学系の先生や企業と連携して、医薬関連タンパク質の生産と精製を行っております。これらの成果が近いうちに日の目を見せることが出来ればと思います。
タンパク質を生産するという視点では、ベンサミアナタバコを用いるべきであるのですが、つくばシステムは、ベンサミアナタバコ以外の植物でもタンパク質を高発現できる特徴をもちます。ちなみに、magnICONシステムはタバコ属のみでしか発現できませんが、つくばシステムでは、タバコ属以外にも、ナス科(ナス、トマト、ピーマン、トウガラシ)、ウリ科(メロン)、キク科(レタス)、マメ科(ミヤコグサ、ダイズ、サヤインゲン)、アブラナ科(カイワレ大根)、花卉(コチョウラン)において、発現を促進できます(図3、図4)。
図3、つくばシステムは様々な植物において発現を促進する。緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現させている。(Yamamoto et al. 2018より改変)
図4、つくばシステムは野生トマトやマメ科においても発現を促進する。(Hoshikawa et al. 2019; Suzaki et al. 2019より改変)
ちなみに、トマトの実にどうやって一過的にタンパク質を発現させるのですかと聞かれることがありますが、図5に示すようにシリンジを用いて注入しています。
図5、トマトの実へのアグロインフィルトレーション法。(Hoshikawa et al. 2019より改変)
次に、様々な植物で発現可能という特徴は、どのような使い道があるのかですが、1つには、目的遺伝子の局在性などを同じ植物内で調べることが可能という、遺伝子機能解析にその能力を発揮すると考えられます。また、近年の試みでありますが、つくばシステムを用いてゲノム編集酵素を一過的に発現させて、ゲノム編集を行うということを行っています。植物でのゲノム編集は形質転換を経る方法が良く用いられているが、この方法だと形質転換が難しい植物ではゲノム編集もできないとなります。ただ、ゲノム編集の場合は、一過的にでもゲノム中に変異を導入できれば、以後、ゲノム編集酵素は不要となります。トマトにおいては、この一過的なゲノム編集酵素の発現によりゲノム編集が可能となってきたので、難形質転換植物において、ゲノム編集が可能であるかを検証しています。
以上のように本技術は、様々な分野へ適用の幅が広がる可能性があることから、日本植物バイオテクノロジー学会の趣旨に沿った形で技術賞の受賞につながったものと思われます。
本記事の締めくくりとしまして、本研究に携わって頂いた学生さんや技術員の方々にお礼を申し上げます。
三浦謙治(=> 研究者総覧TRIOS)