卒業生の声

社会で活躍されている卒業生・修了生の活動を紹介します。

No.43 長沼 毅 NAGANUMA, Takeshi
広島大学 大学院 統合生命科学研究科 教授


生物科学研究科 修了(理学博士)
1984年 筑波大学 第二学群 生物学類 卒業
1989年 筑波大学 大学院 生物科学研究科 修了(理学博士)
1989-1994年 海洋科学技術センター(現、国立研究開発法人海洋研究開発機構)研究員
1994年9月より 広島大学(改組、職名改称などを経て現職)

私の高校時代の「生物」の教科書の「生命の起源」の項目に 原田馨(かおる)という日本人研究者(男性)の業績が紹介されていた。原田先生は米国の NASA で研究されていたが、私が高校一年のとき(1977年)に帰国され、筑波大学の教授になられていた。私は原田先生の下で勉強しようと、筑波大学の生物学類に進学した。入学後すぐに原田教授のお部屋に伺ってそのことを述べた。

ところが、当の原田教授はキョトンとされている。そして、おもむろに「私の専門は植物の組織培養です」とおっしゃられた。そう、その原田教授は、後に副学長を務められた原田宏先生(植物発生生理学研究室)だった。原田「馨」先生は自然学類 (第一学群の化学(注1)の教授だったのだ。高校の生物の教科書に名前があったので、てっきり生物学類だと思い込んでいたし、実際、生物学類に原田教授がいることまでは 調べたが、 所詮はインターネットもない時代の 高校生のすること、詰めが甘かった 。

私にとって「本当の原田先生」がいらっしゃる自然学類のお部屋を訪ね、事の顛末を話した。すると原田先生は「それはしようがないね、今いるところでがんばりなさい」とおっしゃった。自分の進路を間違えた 18歳の少年にとって、何とも冷たい言葉のように聞こえた。しかし、今ではその言葉の意味がはっきりわかる。おそらく原田先生はこうおっしゃりたかったに違いない、「山を登るのにどこから登るかは大した問題ではない、登り続けることが大事なのである、そうすれば結局は同じ頂上に達するのだから」と。

そして、私は今でも生命の起源に関する研究を行っている、頂上はまだ遠いが。残念なことに山頂で待っていてくださるはずの原田先生は2011 年11 月に他界された。私が第52 次南極観測隊で出発した直後のことだった。
今いるところでがんばりなさい、と言われた私はそのままに生物学類で勉強した。実は、私は高校の生物は「生命の起源」だけが好きで、その他の項目はむしろ苦手だったのだ。それなのに、間違って入ってしまった生物学類ではじめて「生物学」の面白さに開眼してした。四年生になって卒業研究をするのに、やはり生命の起源に関することをしたいなと思っていたら、関文威先生(当時は助教授)が引き受けてくださった。関先生は微生物生態学が御専門で、私もそのお手伝いのような形で卒業研究をし、そのまま大学院(博士課程5年一貫制)に進学した。

大学院の4 年目(1987年)にチャンスがめぐってきた。日本人の手による初の「熱水噴出孔の発見」を目指したプロジェクトに関先生が加わり、その実働部隊に私を送り込んでもらったのだ。熱水噴出孔というのは海底火山の温泉というか熱泉のことで、私が高校1年のとき(1977年)に発見されてまだ十年、生命の起源の場所として注目されていたところだ。それを探す航海に参加できるなんて、私にとっては僥倖、いま風に言えば超ラッキーだった。私は自分で調査機器を考案・製作し、それを深海に下した。首尾は上々、良いサンプルとデータを得て、論文も出すことができた。翌年の航海にも参加し、洋上でドクター論文を書いた。船酔いでフラフラになりながら頑張った甲斐あって、学位取得と就職というダブルの歓びを頂くことができた。就職先はその航海を主宰した海洋科学技術センター(現、国立研究開発法人海洋研究開発機構:JAMSTEC)であり、私は潜水調査船「しんかい2000」や「しんかい6500」に乗って深海で生命の起源を調べることになった。

こうした私の人生のすべては原田馨先生の御蔭であり、関文威先生の御蔭であり、私に生物学の面白さを教えてくれた生物学類の御蔭であり、私にチャンスを与えてくれた生命科学研究科の御蔭である。実に感謝の念に堪えないことを申し上げ、御恩返しのつもりで、いま学生たちに接しているところだ。

南極スカルブスネスにて     

長沼毅(=広島大学 研究者総覧)

(2023年7月:本文は2013年6月寄稿されたものから再掲したものです)


1)1973年筑波大学が創 設の際、前身の 東京教育大学理学部から生物分野を除く、数学、物理学、化学、地球科学の4専攻で第一学群自然学類が発足。その後の改組再編にともない、地球科学は生命環境学群地球学類になりました。筑波大学理工学群HP<学群の歴史>を参照。