卒業生の声

社会で活躍されている卒業生・修了生の活動を紹介します。

No.30 猪瀬 弘瑛 INOSE Hiroaki
福島県立博物館
副主任学芸員


地球進化科学専攻

経歴

2006年 筑波大学 第一学群自然学類 卒業
2013年 筑波大学 生命環境科学研究科 地球進化科学専攻 単位取得退学
2014年 筑波大学にて論文により学位取得
2015年 より現職

 

私は他の卒業生の方々ほど大したことはできていませんし、迷いながら進んでいる最中です。それでも読んだ方々にとって何か参考になればとこれまでの経験を書いてみました。

筑波大学を選んだ理由

私は小さいころから漠然と研究者に憧れていました。クイズを解いたりするのは面白いなあ、でも世の中で誰も知らないことを解き明かしていくことはもっと面白いだろうなあと思っていたのです。中学生になると理科の先生が色々な実験や観察をさせてくださり、その憧れはより強くなっていきました。
やがて研究者といってもそれぞれ専門があって、大学では何かを集中して学ぶ必要があると知りました。高校生のころには望遠鏡で夜空の星を観察することや化学の実験をすることなど、科学を中心に色々な分野に興味がありました。その中でも一番好きなのは何かと考えました。すると小さいころに図鑑で見た恐竜などの化石への憧れが自分の心の中で大きな割合を占めていることに気づきました。当時は現在と異なりインターネットで入手できる情報は限られていましたが、化石を学べる大学を探すと筑波大学の自然学類が見つかりました。地元の茨城県にあることやフィールドワークを中心とした研究ができそうなことから受験することに決め、無事に合格しました。

筑波大学で

筑波大学は総合大学ということもあり、自然学類以外に興味のある他の学類の講義も受講しました。大学内外では多くの個性豊かな友人や先輩後輩や先生方に出会うことができました。そうした出会いの数々が大学生になって、一番驚いて刺激を受けたことでした。サークル活動としては、つくば鳥人間の会で人力飛行機制作をしていました。もともと手先が不器用だったので足を引っ張ることもありましたが、仲間のおかげで充実したときを過ごせました。残念ながら引退の年は強風で大会中止となってしまいましたが、大学院進学後に当時のメンバーたちの有志で再チャレンジしたのも良い思い出です。
4年生になって卒業研究として、福島県いわき地方の恐竜時代の地層を研究しました。大学院では生命環境科学研究科に進み、修士論文までは比較的順調に進みました。

迷いながら

修士の取得後で同学年の友人の多くが就職の道を選びました。私はあまり将来の就職などを深く考えず、好きな研究を続けたいという思いだけで進学しました。
しかし進学後はなぜかスランプに陥り、研究成果がなかなか出なくなりました。研究成果が出なくなると、向いていないのかなと悩み始めてしまい余計に進まなくなりました。投稿論文も査読を通らず博士論文の審査条件を満たせませんでした。やがて3年経ち留年しました。
でも、ここで諦めるのは嫌だなと思いました。野外をひたすら歩き、とにかくデータを集めました。モノになりそうなデータはそれでもなかなか見つかりません。諦めず調査を重ねていきました。
留年と前後して、つくばに国立科学博物館の研究施設が移転してきました。その研究施設で標本整理のアルバイトのため化石の基本的なことが分かる人を探していると聞きました。調査費用も必要だったので、手を挙げました。アルバイトしながら、貴重な標本を見ることができ、科博の先生方に研究上のアドバイスもいただけるようになって、ありがたかったです。そうした経験や積み上げた調査データを踏まえて、以前査読を通過しなかった論文を書きなおしたところ国立科学博物館の研究報告に掲載していただくことができました。そのおかげで博士論文の審査条件をクリアして、なんとか学位を取得することができました。
博士を取得したものの、次の難題として就職活動が待っていました。すぐにアカデミックな仕事に就職することは難しいと感じた私は、地質調査の経験を活かそうと土木系の会社に就職しました。先輩方はとても良い人たちで新しい環境に慣れようと頑張りましたが、多忙な職場で研究にあてる時間を確保することが難しく、わずか2か月で転職することにしました。
転職活動も厳しいものでしたが、ふとん掃除機というものを販売しているベンチャー系メーカーの製品開発担当として職を得ることができました。研究的な側面があるとはいえ、もちろん化石とは大きく離れた仕事です。1人で研究室の立ち上げから取り組んだこと自体も苦労しました。しかし社員で理系も1人だけでしたので、他の社員に理解・協力してもらうために会社のほとんどの仕事に関わったのがもっと大変でした。製品開発は当然として、営業、修理、お客様相談窓口、広報、法律関係、サービス開発、観葉植物の水やりまで手を出しました。やりがいのある仕事ではありましたが、化石に関わりたいなと思い続けてもいました。そのうち後輩を採用し、他の社員と科学的な考え方を共有できるようになるなど、仕事が軌道に乗ってきました。工学や化学や生物学を学んできた人に託したほうが良い段階になったと感じて、化石に関わる仕事を探し始めました。
そして現職である福島県立博物館の学芸員に採用されました。今は福島県内産の化石を中心に研究や展示や整理などの業務をして過ごしています。福島県の化石としてはフタバスズキリュウ(Futabasaurus suzukii)が有名ですが、年代や生息環境の異なる多様な化石が産出する地域です。研究材料は豊富なので、どんどん調べて紹介していこうと思っています。最近は筑波大学の在学生の方々と共同研究(*)を進めています。今後、どんな成果が出てくるか楽しみです。

私の少ない経験から言えること

大学では様々なことに興味を持って取り組んでみると、良いのかなと思います。その過程で多くの個性的な人と交流していくでしょう。私は決して社交的な学生ではありませんでしたが、それでもいろいろな出会いがありました。そうした出会いは直接的に将来の役に立つこともあるでしょうが、それ以上に多面的に物事を考える土台になることが大きいと思います。
私は決して順風満帆なキャリアを歩めてはいません。これを読んでいる方々も学生生活や就職後で無駄や失敗に思えることに出会ったり不安に感じたりすることもあるでしょう。それでも大丈夫です。一直線に進むことはできないかもしれませんが、諦めず多面的に考えて行動していればきっと道は繋がっていきます。
みなさんのやりたいことをぜひ実現してください。

(2020年6月)

猪瀬 弘瑛 氏

 

*猪瀬弘瑛氏を中心とする研究グループの成果は福島県立博物館紀要第34号 2020にて「塙町に分布する中新統久保田層より産した鯨類化石と古環境」として論文発表され、2020年4月3日付け福島民報社「塙で発見1000万年前の地層の化石 ヒゲクジラ類全身骨格」と2020年6月7日付読売新聞「県最古クジラ全身化石 塙町で2006年に発見」でも紹介されました。(生命環境系長室)