卒業生の声

社会で活躍されている卒業生・修了生の活動を紹介します。

No.22 茅野 啓介 KAYANO Keisuke
住鉱潤滑剤㈱ 三重事業所 生産技術課



生物科学専攻

大学院博士課程から一般企業へ

当社は機械用潤滑剤の開発・製造・販売を手掛ける、BtoBの中小企業です。入社当初は開発部門に所属し、主にグリースの研究開発を担当していました。2017年から現職となり、工場の生産性改善に取り組んでいます。大学院の専門からすると、全くの異分野です。

本稿では大学院博士課程から異分野の一般企業に入社したことについて、私の思っていることを書きます。これから大学院への進学する皆さま、いま大学院で進路を考えている皆さまの一つの参考にして頂ければ幸いです。

最初から一般企業に就職するつもりで博士を志す学生は少ないのではないでしょうか。私も同様で、博士後期課程に進学した当初はアカデミックに進むつもりでいました。しかしそのうちに、修了後は社会に直接繋がる仕事をしたい、一般企業に就職をしたいと思うようになりました。一方で、それは基礎研究をしている自分には難しい、企業の博士採用は専門の研究職で、自分の研究分野と会社の事業が合っていなければならないと思っていました。

そんなとき、国際学生交流活動に関わる機会があり、海外では博士号を取った学生が専門外の一般企業に就職するのも間々あるということを知りました。そこで試しに就職活動を始めてみたのですが、意外なことに、専門外の自分に興味を持ってくれる企業が少なからずありました。たまたま理系博士課程学生向けの就職支援サービスを使ったのが良かったかもしれません。その中から縁あって、現在の会社に研究開発職として入社しました。

専門外の自分をなぜ採用したのか、当時採用担当していた上司はただ人柄を気に入ったと言いますが、やはり博士であったことが大きいのではと考えています。

企業では“人材”が求められていると感じます。企業の現状からテーマを見つけ出し、現状把握する。改善目標を立て、要因解析に基づき対策を実施し、効果を検証する。これを業務として計画、遂行し、PDCAを回していく。もちろん入社してから教育されますが、そう簡単に身に付くものではありません。ところが、博士課程の学生は、現象から仮説を立て検証する“科学的手法”という形でこれを6年間も実践しています。博士であるということは、ある分野の学者であることと同時に、科学的手法の専門家であるということを示しています。この点が期待され、採用に至ったのではないでしょうか。その後、製品の改善から工場の改善へ、対象は変わりましたが基本的な考え方は同じです。

一方で、潤滑剤のことを何も知らない自分がこの会社でやっていけるのだろうか、期待されている貢献ができるのだろうか、不安はありました。その点は、アカデミックに進んだとしても今の研究を続けられるとは限らないし、専門外のこともやらなければならない、同じことだと覚悟を決めることにしました。それでも、生物ですらない機械を相手にする分野に飛び込むのは勇気が要りましたが…。

研修期間約1か月の間に専門書や論文などで勉強し、実習で得られたデーターに自分なりの解釈と展望をつけてレポート提出しました。レベルとしては認められたと思います。その後、6年間潤滑剤の研究開発を担当し、いくつかの新製品を世に送り出すこともできました。それから一転、生産技術課に配属されました。同じ会社でも必要なノウハウが全く異なります。今までは潤滑剤を作る仕事で化学寄りだったため、大学で得た知識も多少生かすことができました。今度は“工場の仕組み”や“工程・設備”を管理する仕事なので、経営学や工学が絡んできます。ゼロベースです。とはいえ、一から勉強する時間もなく、走りながら必要な知識を齧っているところです。

その時必要な勉強はその時するのが最も効率的です。環境で人は変わるからです。“将来のため”の勉強はなかなか難しい。もしも何かの機会に、経験や知識がないからといって二の足を踏みそうなとき、割り切って飛び込んでみるのも良いのではないでしょうか。

大学院博士課程から異分野の一般企業に入社したにも関わらず、幸運なことに、今のところ仕事は充実しております。しかしながら、これは偶然ではなく、自分の適性と企業の条件がうまくマッチングしたためと考えています。

自分の適性としては、研究分野や研究対象、実験作業よりも、研究そのものを好きだったのが良かったと考えています。極端に言えば、研究できれば何でも面白い。であればこそ、対象が生物から潤滑剤、機械、工場へと変わっても、やりがいを感じられているのだと思います。

また、企業の条件としては、細かく分業化されている大企業で研究職に高度な専門性を求めている場合や、技術開発の激しい業界の場合等は、自分のようなキャリアは必要とされないでしょう。やはり、会社の事業と研究分野が直接マッチングすることが求められるはずです。一方で、博士であることそのものが人材として評価され、企業内のジェネラリストとしての活躍を期待する企業があることも事実です。

博士だからといってアカデミックや専門の研究分野に進むのが全てではなく、それ以外にも活躍の場はありそうです。しかし冒頭にも述べましたが、最初から一般企業に就職するつもりで博士を志す方は少ないでしょう。初志貫徹も大事です。ただ、私のようなケースもあるのだということを頭の片隅に入れて頂き、何かの折に参考にして頂ければと思います。