卒業生の声

社会で活躍されている卒業生・修了生の活動を紹介します。

No.14 小幡 年弘 OBATA Toshihiro
Assistant Professor
Department of Biochemistry/Center for Plant Science Innovation
University of Nebraska-Lincoln,Lincoln, Nebraska, USA

生命環境科学研究科

経歴

2000 筑波大学生物学類 卒業
2005 筑波大学大学院生命環境科学研究科(博士)修了
2005〜2007 農業生物資源研究所博士研究員
2007〜2017 Max-Planck-Institut für Molekulare Pflanzenphysiologieポスドク
2017年〜 現職

私は2005年に生命環境科学研究科を卒業し、農業生物資源研究所とドイツのマックスプランク研究所での長いポスドクを経て、昨年よりアメリカのネブラスカ大学リンカーン校にて研究室を持つことができました。本格的に研究を始めて早20年近く、日本を出て10年以上経ちました。大学院生だったころアメリカで大学教授をやっている人ってどんなにすごい人なんだろうと憧れと畏怖と共に見ていましたが、自分がその立場になってみて「別にすごい人じゃなくても研究続けていいんだ」と最近やっと気づきました。アカデミックキャリアや海外留学に興味があっても少し自信が足りなかったり、不安定なポジションへの不安から躊躇している方たちに自分の経験が少しでも(こんなアカデミックキャリアもあるということで)参考になればと思い、ご紹介したいと思います。

私はもともと漠然と生物学の研究者になりたくて筑波大学生物学群に入学しました。学類二年生の時に山下先生の代謝生理化学の授業で光合成の炭素固定経路が酸化的ペントースリン酸経路の逆回しであることを習ったとき、植物の物質代謝の複雑かつ精巧に制御される様子に感激し、植物代謝の研究をしていきたいと考えるようになりました。学類四年次の所属研究室を決める時にちょうど白岩先生が筑波大学に赴任されるタイミングで、炭素代謝の研究ができると思い所属しました。結果的には炭素ではなく、海洋微細藻類における微量元素のセレニウムの代謝を研究することになったのですが、大学院での研究を通じて学んだ生理学、生化学および分子生物学の知識と研究スタイルは今でも自分の研究の基礎となっています。

大学院修了当時は植物のメタボロミクス解析の手法が確立されてきた時期でした。メタボロミクスは生物の代謝産物を網羅的に解析する研究分野で、強いポテンシャルを感じていました。そこで、農業生物資源研究所で陸上植物(イネ)での研究を学びつつ、植物メタボロミクス研究の先駆けであるドイツのMax-Planck-Institut für Molekulare Pflanzenphysiologieのホームページをこまめにチェックしていたところ、また良いタイミングで10年間お世話になることになるAlisdair Fernie博士の研究室でポスドクの求人情報を見つけました。Allyの研究は多岐にわたるため、研究室のメインテーマが正直よくわからないままでしたが、プロジェクトの内容自体には興味があったため応募したところ、採用してもらうことができました(結果的に最初の活性酸素種による代謝シグナリングのプロジェクトは不発だったのですが…)。当時私は英語が苦手で、最初の1,2年は少し苦労しましたが、国際的でオープンな研究所の雰囲気と友人達に助けられ、何とか研究室になじむことができました。研究所ではほとんどのグループが植物代謝の研究をしており、週一回の全所セミナーなどではまるで植物代謝が世界の研究の中心なのではないかと錯覚するほどでした。研究のスピードもサイクルも非常に早く、はじめはついていくのに大変でしたが、いったん慣れるとこれほど恵まれた環境もなかったと思います。最新の研究手法やトピックが自動的に入ってくるわけですから。

マックスプランク研究所での研究で私にとって重要だったのは、自分の研究テーマを見つけられたことだと思います。研究者として独立するうえで、ユニークな研究テーマは必須です。私はドイツでの研究から植物の環境ストレス耐性における一次代謝の役割と代謝制御における多酵素複合体の役割という現在の二大テーマと出会うことができました。また、これらの研究に必要なメタボロミクス、代謝フラックス解析およびタンパク質間相互作用解析等のシステムも確立することができました。もう一つ大きかったのは、共同研究の進め方を学べたことです。現在の生物学は必要とされる研究手法が複雑化していて、面白い研究をするには共同研究が欠かせません。Allyの研究室ではコンスタントに10以上の共同研究プロジェクトに関り、共同研究へのかかわり方やマネージメントについて学ぶことができました。また、世界のトップクラスの研究者たちと一緒に仕事をすることで、彼らの考え方、仕事観、人間性などに触れられたことはとても良い勉強になりました。

ドイツでの生活は思ったよりずっと楽しかったです。ドイツに行く前はドイツ語を勉強するのはちょっと厳しいと思っていましたが、意外と何とかなるものです。滞在最後までドイツ語は片言程度でしたが、わからないならわからないなりに生活する方法を編み出す力が人間にはあるようです。インターネットのおかげで日々の情報は何とか手に入りますし、片言でも英語交じりでもなんとかコミュニケーションは取れるものです。ドイツは社会保障も充実しているので、暮らすうえでも子育てをするのにもやりやすかったです。育児休暇は男性も普通に取りますし、それ以外にも年間30日近い休暇(病休別)を使い切るのが普通なので、余裕を持って暮らすことができました。また、ヨーロッパは多様な文化が入り混じっており、旅行も気軽にできるので、色々な国に旅行をするのが滞在中の楽しみでした。

ドイツでの生活は充実しており、とても楽しかったのですが、5年を超えたあたりから少しずつ将来に不安が出てきました。ずっとポスドクをしているわけにもいかず、何か次のステップを考えなければいけないと考えていました。しかも日本やヨーロッパのアカデミックポジションの求人には年齢制限のあるものが多く、当時それなりの年齢になっていた私には応募できないものも多くなってきました。それでも研究成果は出始めており、研究者としても成長できている実感があったので、焦らずにチャンスを待っていたところ、アメリカの複数の大学で植物メタボロミクスの求人がありました。どうやらアメリカには研究分野のブームがあるらしく、同一分野の求人が一気に出るタイミングがあるようです。いくつか応募し、最終的にUniversity of Nebraska-Lincolnに研究室を持つことができました。

ネブラスカ州といっても日本ではなじみが薄いかもしれません。地理的にはアメリカのちょうど真ん中あたりで、典型的な中西部の田舎州です。牛肉の産地として有名で、日本に輸入されているアメリカ産牛肉の大部分はネブラスカ産です。小さな街から一歩出れば、輪作のトウモロコシと大豆の畑が延々広がっています。University of NebraskaはLand grant大学のひとつで、農業州であるネブラスカらしく農学と動植物科学に定評のある大学です。農学部では大規模な育種や量的遺伝学的解析のプロジェクトが多く行われているため共同研究の機会が多く、また生化学分野も強いため私には理想的な環境です。こちらではメタボロミクスの手法を用いて植物の環境ストレス耐性における一次代謝の役割をトウモロコシの乾燥ストレスを中心に研究しています。また、代謝ネットワーク制御における多酵素複合体の機能について酵母のクエン酸回路をモデルに研究をスタートしたところです。アメリカに移って一年と少しでまだまだ研究室も発展途上ですし、アメリカの独特の文化や教育システムも含めて勉強することがたくさんありますが、今のところ何とか楽しんでやれています。

日本、ドイツ、アメリカと違った文化の中で世界中から来た人たちと働いてきて思うのは、色々とバックグラウンドによる違いはあるものの、基本的な好き嫌いは一緒なんだなぁということです。相手が喜ぶだろうなと思ってしたことはやはり喜んでもらえますし、怒るだろうなと思ってやったことはやはり嫌がられます。そう考えるとどの国での暮らしも基本は同じように思います。特に研究者には研究という共通言語がありますので、どの国でも最低限仕事はできます。もちろん国によってそれぞれやりやすいことややりにくいことがありますし、外国人としての不自由さもそれなりにありますが、それはどの国も一長一短あると割り切れば何とか楽しく暮らせるものです。もし外国に自分が本当に面白いと思う研究をしている人がいたら一度メールを送ってみるのをお勧めします。道が思ったよりすんなり開いてくれるかもしれませんよ。

卒業生といえば、私の妻の理子も筑波大学生命環境科学研究科の卒業生です。ドイツに一緒に渡り、ドイツで二児を出産しました。もともと英語は私より得意で、ドイツ語もかなり話せるようになり、特にドイツ生活ではお世話になりっぱなしでした。海外暮らしを楽しめるとても頼りになるパートナーです。これまでの研究成果は私一人では出せなかったものだと考えていますので、もう一人の卒業生の活動として最後にご紹介しておきます。