卒業生の声

社会で活躍されている卒業生・修了生の活動を紹介します。

No.08 今井 真介 IMAI Shinsuke
ハウス食品グループ本社㈱
中央研究所 研究主幹


農林学類

経歴

1980 筑波大学第二学群農林学類 卒業
1980 ハウス食品㈱ 入社
2013 イグノーベル賞受賞

私は、農林学類の二期生として筑波大学で4年間を過ごしました。開学したばかりの筑波大学は、森の中に突然出現した大きな建設現場に学校が間借りしている状態でした。入学式の前日に、ぬかるんだ道を必死で歩いて追越宿舎にたどり着いた時に感じた、言いようのない不安は今でも忘れる事ができません。当然交通の便も悪く、土浦と大学を結ぶ関東鉄道バスだけが唯一の公共交通機関でした。あれから40年が経って、つくばは大きな町に、筑波大学は立派な首都圏の大学になりました。このように時が経ち、大学も環境も変わりましたので、私の経験が在学する皆さんに役立つかどうか自信はありませんが、以下私が歩んで来た企業内での仕事をご紹介させて頂きます。

私は学類卒業と同時に食品会社に就職しました。研究職を希望して入社しましたが、ずっと研究を続けたいと言う考えではなく、研究に向いていなければ、営業や製造など他の職種でも構わないという軽い気持ちでした。自分の適性を知り、やりたい事を明確にして、目標に定めた将来像に向かって走り続けられる人が理想かも知れませんが、自分のやりたい事が解らない、あっても本当にそうか自信が持てない私の様な人もいると思います。でも、目標を明確に持てない人でも、不安に思う必要はなく、仕事をしながらでも打ち込める物や目標は見つけられるので、安心して社会に出たら良いと思います。

会社で取り組んだ研究テーマは、「発生しているトラブルの原因やそれを解消する方法を探す」「時間や手間がかかっている分析をもっと簡便化・迅速化する」など、余り学術的ではなくスマートでもありませんが、研究の成果は製品に反映されたり、製品の保証に役立ったので、私はそこに喜びと充実感を感じる事ができました。素晴らしい研究成果を出したから充実感を感じたわけではなく、やっと上手く行った小さな成果でも自分が必死に考えて成し得たものには、充実感を感じる事ができたのです。当たり前ですが、色々考え過ぎず、一所懸命に仕事に取り組めば、小さな成果にも喜びを感じる事ができ、それを繰り返して行けば、成果もやり甲斐もどんどん大きくなって行くものだと思います。

レトルトカレーの製造工程で起きた変色反応の機構を解明する研究をしている過程で、タマネギの催涙因子の生成に係る、見逃されていた酵素の存在に気付きました。そして、タマネギ催涙因子合成酵素を発見した論文は、2002年にNatureに掲載されました。さらに幸運なことに、この論文は2013年イグノーベル化学賞に選ばれ、新聞・雑誌・テレビ・ラジオ・講演などを通して、私達の研究内容を色々な方に知って頂く事もできました。その上、催涙因子合成酵素を発見してから10年以上、辛抱強く進めて来た突然変異したタマネギ集団の中から遂に「涙の出ないタマネギ」が見つかり、2015年には「スマイルボール」と言う名前でテスト販売を開始できました。現在はまだ生産量が少ないため限られた店舗等でしか販売できていませんが、恐らく近い将来には、「催涙性があり辛い従来のタマネギ」と「催涙性がなく甘いタマネギ」の2種類が身の回りで販売されるようになると思います。その時が来ましたら是非「スマイルボール」を食べてみて頂きたいと思います。

私は、タマネギの研究をしたいとは思っていませんでしたし、新しい野菜を作ろうとも考えていませんでした。新しい酵素の発見を狙っていたわけでもなく、何かの賞を受賞したいとも思っていませんでした。私がやったことは、ただ一所懸命に研究に取り組み、得られた結果を素直に喜ぶ事の繰り返しだけでしたが、その繰り返しの中でさらに夢中になれる研究テーマが見つかり、自分の予想を上回る結果に繋がりました。しかし、こうした結果を残せたのは、厳しく指導してくれた先輩や、取り組んでいたテーマに情熱を感じて、一緒に研究してくれた同僚や後輩が沢山いたからです。各個人がそれぞれの目標に向かって進む事も良いでしょうが、同じ目標に向かって皆で力を合わせ進むという選択肢もあると思います。私は、同じ夢や目標を持って協力し合える仲間に恵まれましたが、それも、研究のテーマや取り組む姿勢に共感してくれたからだと思います。

「一所懸命働けば、なんとかなる。」「社会で働く事は、想像しているよりずっとより楽しいかもしれない」そう思って感じて頂けたなら幸せです。

イグノーベル賞を受賞した仲間

左上:朝武宗明さん(92年農林学類卒)/右上:柘植信昭さん(81年農林学類卒)/左下:永留佳明さん/右下:筆者