研究室にようこそ!

個性豊かな研究室を紹介します。

菅平菌学研究室

出川 洋介 准教授 DEGAWA Yosuke

~菅平菌学研究室へようこそ~

 

山岳科学センター 菅平高原実験所 出川洋介 准教授

 

私たちの研究室は標高1300mの山の上にある菅平高原に居を構え、日夜、キノコやカビやコウボなど「菌類」の多様性の研究に取り組んでいます。

去年卒業したO君は、普段はのんびりマイペースなのですが、食べ物のことになると目つきが変わり鋭くなるユニークな学生でした。彼は、自然界のカビを使って、新しい発酵食品を作ろうとしていました。落語「ちりとてちん」をご存じでしょうか?知ったかぶりをする人に一泡吹かせてやろうと、珍味と称して、腐った豆腐を騙して食べさせてしまおうというひどい?お話です。しかし、実際に豆腐にいろいろなカビを接種して腐らせてみると、実は強い旨味を作り出すものもあることがわかりました。「腐乳」という古くから知られる中国の発酵食品は、豆腐に接合菌類のケカビを生やして塩漬けにして熟成したものですが、濃厚な旨味があります。現在、世界から約10万種の菌類が知られていますが、人間が利用できているものは、その1%にも満たないでしょう。更に、実は既知種の50倍以上、約500万もの菌類の種が存在するのではという推定もあり、自然界には未だ名前も付いていない菌類の方が遥かに多いのです。

当研究室を卒業した友人Mさんは、現在、製薬会社に勤めています。時折、「今、とある薬を作るために、こんなカビを探してるんだけど、手に入らないかな?」といった相談を受けるので、菅平のフィールドで、関連するカビが居そうな落葉とか土、または直接カビを探してきて送っています。アオカビが作る抗生物質ペニシリンは多くの人命を救いましたが、自然界の未知の菌類の中には、様々な抗生物質や有用物質を作る可能性のあるカビがもっとたくさん含まれていると考えられます。

このように、発酵、醸造や製薬など、社会が求める課題に取り組む分野に関しては、大学以外にも企業や政府、自治体にもたくさんの研究者がおり、その研究成果は私たちの日常生活を支えてくれています。今日、一刻も早くコロナウイルスを撲滅し、ゲリラ豪雨による水害を何とか抑えたいと、皆が心の底から願い、多くの研究者達が必死に努力を続けています。こういった大きな難問を克服するには、応急措置や対処療法だけではなく、問題の本質を見極め、根本的な原因を突き止めねばならないでしょう。このためには、大前提として、生命や自然界がどういう仕組みで成り立っているのか、日頃から個々の事象についても丁寧に謎を解き、長い時間をかけて学問の体系を構築し、基盤となる理解ができるようにしておく必要があります。人類のためになる真の応用研究を実現するには、徹底した基礎研究が不可欠なのです。

基礎研究と応用研究とは、学問の両輪をなしています。どちらか片方だけに偏っても、優れた理論、思想や技術は育まれないでしょう。もちろん、私自身もコロナ禍の解消を強く望む一人ですが、世の中が焦り、苛立ち、急いで成果を求め過ぎ、無駄を切り詰めろという議論がエスカレートして、直ぐに役立たない(ようにみえる)基礎研究を安易に切り捨て始めたらどうなるでしょう?実は、つい最近、Mさんが勤めていた会社は、自然界のカビから薬品を探索する研究を打ち切ってしまいました。利益を生みだし続けねばならない企業の立場で、成果が出るまでに時間がかかり経費を要す研究を長期間、継続していくのは容易ではないのでしょう。しかし、長く培ってきた技術やノウハウを失うのは一瞬ですが、取り戻すのは大変でしょう。大変、残念なことです。

良くも悪くも人間と接点を持っている菌類はごくわずかで、ほとんどの菌類は人知れずに自然界でひっそり生きています。しかし、彼らとしっかり向き合って調べてみると、植物や動物に共生したり、寄生したり、それらの死骸を分解したり、自然界では大切な役割を持ち、実は活き活きと賑やかに生きていることがわかります。私たちの研究室では、先々代の先生の時代から、こういった自然界の菌類について、我々が調べなければ他に誰が調べるのだ?というオンリーワンの覚悟で好奇心を大切にして研究してきました。事実、現在、世界でも当研究室でしか調査していないという菌類がたくさんあります。理学的な基礎研究の立場から、自然界の菌類の膨大な多様性を解明しても、それが、直ぐに明日、役立つわけではないかもしれません。しかし、酵母菌やコウジカビなど研究モデルとして詳しく調べられている種以外の菌類についても、近年、比較的容易にゲノムを決めることができるようになりました。数ある菌類を広く眺めて理解し、その中からこれぞというユニークな種にスポットライトを当て、強烈なオリジナリティに富むとんでもなく斬新な研究を発信できる時代になってきたのです。また、今まで漠然としかわからなかった「未知」の部分の多様性解明の糸口をつかめる環境DNA解析のような新技術が確立され、意外な新発見が相次ぐようになりつつあります。Mさんのいる製薬企業が菌類の探索を再開してくれることを願います。

菅平高原の実験所には、菌類以外にも、植物や昆虫、魚やツキノワグマに至るまで、いろいろな生物を対象とした系統分類学、比較発生学、分子生態学、集団遺伝学など、様々な分野の研究室があります。年に何度か、教員・学生全メンバーが集まりセミナーをしています。「多様性」というキーワードは皆に共通していますが、同じく生き物を相手にしていても、違う見方、考え方があるのだなと気付かされます。例えば系統分類学は、個々の種の姿形や生き様を調べ、これらの個性がどのように進化しながら多様化してきたのか考えながら、多様性を整理して体系を作ろうとしています。生態学では、なぜ、そんなに多様な種が居るのか、それぞれが、この世に生きている意味を適応や戦略に問い、その関係性に法則を見出そうとしています。皆、真剣ですから、考え方のすれ違いから大激論に発展することもあります。しかし、自分とは相容れない考えであっても、まず相手を尊重し、相手が考えていることを努力して理解したうえで、自分の意見を述べ、議論をするという姿勢が大切です。そうやって、一つのものごとを多面的に捉えられるようになれば、理解も一層深まるはずだからです。

つまり、学問の分野それ自体にも「多様性」があることが実は大切なんじゃないかな?と、ある日、O君に話してみたところ、先生が多様性の研究者だからそう思うんじゃないですか、と不意を突かれました。しかし、大学のシラバス(授業一覧表)を開いてみると、世の中には何といろいろな学問分野=考え方があるものかと、驚ろかされます。総合大学は学問のデパートのようなところです。各組織に属する個々の研究室が分担してあらゆる分野を網羅しており、研究者達が世界を理解しようと、日々、様々な考え方を新たに生み出し、吟味し、深め、伝授しているのです。

皆さん、大学に来たら、まず、貪欲にできる限り多様な考え方に触れて下さい。自分の専門分野に限らず、いろいろな授業を受け、いろいろな人と交流して、考え方の幅を広げ、人間としての器も広げてください。その中で、自分は何をやりたいのか、何が好きなのか、じっくり考え、少しでも気になることに出会ったら、今度は専門的に深く掘り下げる経験をして下さい。自ら、理解を積み重ねて行って、研究の最先端まで到達し、他の誰にも先駆けて自分が初めて新発見をしたときの興奮を一度でも体験できたら、社会で活躍するにしても、研究の道に進むにしても、その経験や自信は必ずや皆さんの糧になるはずです。

うーん、本当はもっと自分の大好きな菌類たちがいかに面白く、美しく、魅力的なのか、ノロケ話をするつもりだったのですが、なんだか少々堅苦しい学問の話になってしまいました。ごめんなさい。さらに興味のある方は、ホームぺージやSNSで我々の研究室を訪ね、遠慮せず質問をして下さい。研究室のメンバーは皆、自分のほれ込んだ研究対象について、熱く語ってくれるはずです。しかし、そういう姿に接して、えー!?こんな濃い人たちに囲まれて自分なんて、とてもついていけない!なんて心配する必要はありません。確かに、研究室には、物心ついた頃からキノコが好きだったというような菌類と一体化しそうな猛者も集まってくるのですが、例えばS君は、大学の実習ではじめて出会った菌類の“泳ぐ胞子”を見て素朴に感激したことがきっかけで、この道に進みました。S君は、その後、日本では他に誰も研究していなかったツボカビという菌類の分類学を極めて博士号を取り、現在は、アメリカの研究室で若手ホープのポスドクとして大活躍しています。

生き物好きな人はもちろんのこと、自分は何をやったらよいのだろう、と今、まさに悩んでいる人、まずは大自然の中に飛び込んで、そこに生きている様々な菌類に向き合ってみませんか?生物学類では、日本随一と自負する?菌類の多様性に関する専門講義とともに、秋の菅平に一週間泊まり込んで、様々なキノコやカビやコウボ、粘菌(変形菌)、地衣、水カビなどの実物をじっくり観察し、その多様性を体得する実習を受けることができます。そのさなかに、ものすごく心惹かれる相手に出会えるかもしれません。更に興味を持ったら、是非、研究室に来てください。僕は、生きている間に一種でも多くの菌類を探して、自分の目で観察し、調べたいと思っています。時折、自分は、膨大な菌類の多様性の氷山の一角しか理解できていないと愕然とすることもありますが、未知のことだらけの菌学は新発見のチャンスに富むとても魅力的な学問です。皆さんの訪問を心待ちにしています。

1, 当研究室初代の印東玄弘先生が1940年代に研究に着手したコウマクノウキン門フクロミズカビ属のカビBlastocladia ramosa。池や湖の底の嫌気的な泥の中などに生息し、遊走子という鞭毛のある胞子を作って水中を泳ぎます。現在、世界中で、当研究室でしか研究していないと思われる菌群です。(院生の参輪佳奈さんが分離培養して撮影)

2, 同、拡大図。(参輪さん撮影)

3,昨年から今年にかけて当研究室より発表された地衣類。いずれもキノコを作る担子菌門の仲間ですが、藻類と共生して地衣化しており、今後、共生のメカニズムを明らかにする良いモデルになると期待されます。(昨春、これらの研究で博士論文を完成し、現在、学振特別研究員をしている升本宙さん(名付け親)が撮影)①新属新種の地衣類、Bryoclavula phycophila

4, 同、②新種の地衣類、イワノシラツノ(Multicavula petricola)(升本さん撮影)

5, 同、③日本新産の地衣類、ネコノコンボウ(Multiclavula vernalis)。(升本さん撮影)

6, 日本蘚苔類学会優秀発表賞を受賞した院生の細野天智さんが調べているコケ植物に寄生すると考えられるチャワンタケの仲間。Neotiella属の一種(細野さん撮影)

 

7, 同、左:Lamprospora属の一種、右:Neotiella属の一種 (細野さん撮影)

8, 日本菌学会学生優秀口頭発表賞を受賞した院生の吉橋佑馬さんが発見したクサカゲロウという昆虫の腸内に共生していると考えられる新種候補の酵母Metschnikowia sp. nov. とその子嚢胞子(右)(吉橋さん撮影)

9, 学振特別研究員の高島勇介さんが発見した、分類学的所属がまったくわからない謎の菌類。部分的に成功したDNA解析の限りでは、キノコを作る担子菌類の仲間である可能性が示唆されたが、いかなる方法を試しても未だ培養できず、何を栄養にしてどんな生活をしている何者なのか、現段階では全く謎に包まれている。

10, その名もAenigmatospora pulchra (“美しい謎の胞子”という意味)という謎めいた名前が付けられたカビ。当研究室で、この胞子の謎が解明され、実は、この菌は実はヤスデの食道に付着生活する別の菌類と同じものだということがわかった。(出川撮影)

 

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